第32話 広い家の寂しさと温かな会話
あれだけ湯気が出ていたマグカップもいつしかすっかり冷え切っていた。それからと言うものは絶え間なく話を吹きかけてくれる推しに対して少しずつ私の心は開き始めていた。前に会ったときと同じように。
「もうこんな時間か。ご飯何が食べていく?」
慌ててスマホを開いてみるととっくに夜の19時を過ぎていて、楽しい時間はあっという間に過ぎ去ってしまう。特に私から何かを話した訳ではないし、一緒にゲームをしたわけでも何か見たわけでもないけど楽しい時間だった。それは推しと過ごしたからと言うのが大きい。
「こんなに長居するつもりなかったんです!私、そろそろ帰ります。」
「いいじゃん。もうちょっとだけ話相手になってよ。家だといつも1人だからさ。たまにこうやって話せると凄い嬉しい。」
上目使いできゅるきゅるな目を見せつけられてしまったら断り切れない部分も出て来てしまう。そう言えば前に雑誌で「寂しがり屋だから」と言っていたような気もする。1人で住むにはもったいないくらい広い家で1人生活していると寂しくなるのもわからなくない。
「えっと。」
私には迷いがあった。こうやって楽しい時間を過ごしたし、もう少しだけと思う気持ちもある。でも、ここはアイドルの家。そんなところに私が居座るのも変な話だ。
「えっと?もしかして迷ってるの?それもそうだよね。俺、こんな立場だし、アイドルだし、こんなことするんだって幻滅した?軽い男だって思った?」
冗談交じりに聞いてくるが幻滅はしていないし、テレビで見るとおりで立ち振る舞いも気遣いもピカイチ。部屋もかなり綺麗で抜かりない。連絡先を教えてくれた理由もしっかりと考えてのことだと知った。そんなところを見せつけられて幻滅する方がおかしい。むしろちゃんとしていると感心させられる。
「いえ、そんなこと全く。」
これが私の素直な気持ち。
「ならよかった。」
彼は安心したように微笑んだ。
「デリバリーでも頼もうか。楽だし。」
「いえ、これ以上はお邪魔かなと。」
「それがね、いつも気になってたデリバリーがね。絶対送料無料にならないんだよね。少しが足りなくて。だから一緒に食べない?」
見せてきたスマホの画面では確かに1,500円以上で送料無料と書かれていたが、2つぐらい頼めば楽々とその額は超えてしまいそうな価格設定。それに彼はよく食べる。グループ内でもかなりの大食いなことは有名な話でそんな彼ならこの額分食べるのは容易いはずだけれどきっとこれは彼なりの優しさなんだと思う。訳は聞かなかったけれど、私がここに来たのは私自身が相当追い詰められてしまったから。だから、ここに来たし連絡だってした。「連絡をくれてありがとう。」「放っておけない」そう言ったのも私を1人にしてはいけないとどこかで感じていて、今だってそのことを気にかけてそう言ってくれている。直接は言わない彼なりの沿い方なんだと私は勝手に都合良く解釈した。
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