第25話 推しとして、人として

 もう日付も変わりそうな頃、家に着いた私はやっと少しホッとしたような気もしたし、寂しさもあった。

 それは初めて胸の内を話して、それを受け入れて聞いてくれたその優しさをどこかで求め続けていたからこそ、今日その思いを吐き出した。それですっきりもしていたし、誰かに頼っていいんだとも思えた。だからこそ、1人になったときに寂しさが込み上げてきたのかもしれない。

 今まで思い詰めてどこにも吐けなかった膿が全部出て、私はどこかすっきりしていたし、気持ちが楽になった。


 スマホを開けば通知がたくさん来ていてその1つがDREAMERSの公式SNSだった。勢いで開くと新曲MVの公開と1枚の写真がアップされていた。

「今日、公開だったの?」

 急いで開いて再生ボタンを押す。かっこいいダンスナンバーで画面のなかではバキバキに踊っている。

 ビジュがいい。かっこいい。とにかく語彙力はなくて、そんな言葉ばかりで頭は埋まったし、それでも楽しさも嬉しさも込み上げてきた。

 1人で写ったのは1番の推しである森田涼真。やっぱりかっこいいなとか、かわいいなとかそれぐらいしか思い浮かばないけれどとにかく引き込まれた。それに伴って不思議な感覚になった。ほんの数十分前まで目の前にいて私の話を聞いてくれた人。真面目に優しく聞いてくれた。


「さっきまで目の前にいたよね。しかも、私一緒に話してた。」


 そう思うと混乱状態で頭の整理が追いつかない。もう部屋中をスマホを持って歩き回って考えた。

 森田涼真は紛れもなくアイドル。ずっとずっと応援してきてグッズを買い、CDを買い、DVDも買って、ライブにも行って、ドラマも映画も見て応援してきたアイドル。でも、そのアイドルと偶然会った。しかもしっかり面と向かって話しちゃって。何してんだろう自分と恥ずかしさも出て来た。


 でも、あの優しさは推しとして見ているからこそ癒えたものではなかった。あの涙もそう。推しとして好きだからではない。森田涼真としての人間性を信頼して、その優しさを感じてそれに委ねた。初めて推しとしてじゃなくて、人間として推しを見た日になった。

 私はアイドルとして、推しとして救われたのではなく、1人の人に心を救われたんだ。


 カバンから取り出したのは綺麗に畳まれたペーパーナプキンで開くと、11個の数字が並んでいる。もう祖母との関わりでたまたま会っただけだが、それでももう無関係とは言いがたい関係だ。でも、一線は越えたくないという健全なオタク心が出て来てその紙を破いて捨ててしまおうと思い手をかけた。その瞬間、あの観覧車での笑顔を思い出してしまう。あの顔はアイドルだからではなく、1人の人として心配してくれたからこその顔だと思うと破り捨ててしまうことはできなかった。

 私はそっと引き出しの一番上に片付けて、この数字の役目が来ないようしようと心に誓った。

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