第25話 シンデレラと私と観覧車

 結局そのままあっちにもこっちにも案内してもらった。まだ知らない東京と言う街を二人で散策した。人気の多いところは避けて、距離も私は推しの一歩後ろをついて回った。そのうち時間が経つほどあれだけ緊張していた心はほぐれていき、次第に目の前にいる推しなんかそっちのけではしゃいだ。


 空もすっかり暗くなりビルから漏れる光が目立ち始めた頃、お台場まで行きパレットタウンの観覧車に乗り込んだ。

「森田さん。」

「涼真でいいよ。もうこれだけの仲だから。」

 そう言われても馴れ馴れしく涼真とは言えなくて、いくら推しだからと言って一人の人間として大人としてやっぱり本人の前でそこまでは言い出せなかった。

「じゃあ、涼真さん。」

「何?」

 甘くて優しい声で帰ってきた返事はファンとして胸が高鳴ってしまう。今、私はまさに乙女ゲームの主人公。

「いいんですか?高いところ苦手なんじゃ・・・。」

「やっぱ知ってた?下さえ覗かなければ大丈夫でしょ。」

 話のラリーはなかなか続かない。時間が経って慣れたとは思っていたのは勘違いだったようで、やっぱり目の前にいる人が推しであることに変わらない。


「何かあったの?嫌だったら答えなくていいけど。」

 話を切り出したのは涼真さんの方だった。

「えっと。」

 話そうか迷った。でも、誰かにこの胸の内を打ち明けたい気持ちはあった。友達もいない。家族にも理解してもらえない。傍に寄り添ってくれるパートナーなんてもちろんいない。だから誰かに甘えたかったのだと思う。私は口を開いた。

「もともと大学は地元を離れました。それは地元での生活がなんだか窮屈に感じていたから。」

 私はそっと口を開いた。


「田舎なので周りは知り合いしかいないような場所です。幼稚園とか小学校から高校まで周りの顔ぶれが変わることもほとんどなくて、みんな付き合いは長い。幼馴染みってやつですかね。でも、付き合いが長いだけで気心知れているかと言われるとそんな人はほとんどいない。周りは学年が上がっても、学校とか仕事で離れても付き合いはずっと続いていて私にはそんな人はいなくて、地元を一旦離れて戻って来てそれを強く感じてしまいました。」

「つまり周りは同級生の大半は十年以上、下手したら二十年近くの付き合いがあると。」

「はい。」

「なかなかだね。」

「ちょっと私の地元特殊かもしれないです。それで、付き合いが長いだけで連絡を取り合える人もいないし、声をかけてくれる人もいない。でも、いまから新しい友達を作ろうって思っても、周りは同じ顔ぶれで、しかも十何年積み上げてきた関係性の中にいきなり飛び込むことなんて私にはできなかった。」

 目の前に座っている涼真さんは真剣に私の話を聞いてくれている。私は自分で話しておきながらいろんなものが込み上げてきた。

「周りの地元の人もそうなんです。きっと祖父母の世代となればかなりの年数だと思います。それにその地域での価値観というか考え強がくて、そこから外れると部外者、蚊帳の外って感じで。それの1つが結婚と子ども。特に女はそうです。男尊女卑の考えもあって、とにかく女は家事をして子どもを産むことが全て。私にも結婚とか子どもとか興味がないわけじゃないけれど、あそこでは『して当たり前。できないのがおかしい。』そう思われることもあります。その価値観が私には妙に合う気がしなくて、逃げるように大学進学を機に地元を出て行きました。」


「今のご時世結婚を選ばない人もいるし、結婚しても子どもを持たないって選択肢もあるから。確かに結婚が全てではないかもね。でも、地元を離れたなら離れた場所にとどまるって選択もあったんじゃない?」


「はい。私ももう帰ってこないつもりでした。でも、就活失敗しちゃって。今まで順調だった人生なんですけどね。小学校もこう見えて皆勤賞でしたし、中学も高校も吹奏楽部で優秀な成績を収めてきたし、勉強の方も部活しながら受験してきちんと現役で合格。4年できっちり卒業しました。周りからも『かわいい』って可愛がってもらって。でも、就職活動は全くダメで。面接を受ければ圧迫面接。エントリーしたら選考は中止。でも、相談しても『なんでダメなんだろうね』で片付けられて。進路が決まらないまま卒業しちゃいました。だから、実家に引っ込みました。唯一あった徒歩圏内のバイトしながら就活も並行して、それでも上手くいかなくて。バイトでは毎日のようにきつく当たられたり、理不尽なクレーム言われて。面接では『なんで新卒で就職しなかったの』とか『経験がないから』『若いからうちじゃなくていい』って言われてたらい回しみたいになってどこも受からなくて。でも、相談できる友達は地元にはいないし、大学の友達だって地元の大学じゃないから近くにはいない。こうやって私がしているうちに周りは初任給もボーナスも貰うような時期になっていて、地元に残っていた同級生の大半は社会人になって数年経って、人によっては結婚して子どももいて。でも、私はどんなに頑張ってもみんなが貰う額よりもずっと少なくて、溜まったストレスの吐き出し方もわからなくなって、ただただ自分がダメな人間のように思えて。頼れる友達も近くにいない。幼馴染みは離れていった。仕事もない。それでも結婚に子どもって言われて、毎日のように浴びるクレームと罵倒。私はそんなことをするために生きているのかと思うと馬鹿馬鹿しく思うようになりました。でも、耐えたら、頑張ったらいいことがあると思っています。シンデレラみたいに。」

 膝の上に置いていた手に力が入る。ぼやけていた視界が晴れたと思うと頬に雫が流れていく感覚があった。


「私はシンデレラになれるでしょうか?」


 精一杯微笑んだつもりだったけれど自分でも頬がぐしゃぐしゃに濡れているのはわかる。夜も深まってあまりお互いの表情がはっきり見えるわけではないけれど、涼真さんは優しく微笑んで言った。

「なれるよ。シンデレラに。」

 左足のサンダルを脱がせて靴擦れしていた箇所をどこから取り出したのかわからない絆創膏を貼ってくれた。

「ずっと気になってたんだ。こんなにボロボロになっても何一つ表情に出さずに歩いて、本当は痛かったでしょ?」

 急なことで驚いたが、今はそれどころじゃなかった。いろんな感情が入り交じってもう目の前にいるのが推しだなんてどうでもよかった。

「今の話もそう。こんなに頑張ってきたんだって。俺、アイドルだし勉強とかも全然できないし、就活とかも全くわかんない。でも、琴葉さんが頑張ってきたことはわかったよ。」

 絆創膏を貼り終えた左足にサンダルを履かせた。まるで落としたガラスの靴を履かせるかのように見えた。

「そうやっていろいろ頑張ってきた琴葉さんが世界で一番綺麗でかわいいと思う。俺にはめちゃくちゃ輝いて見えるよ。」

 そう言って視線を窓の外に向けた。釣られて私も外に視線を向けると建物から漏れ出た光が輝いていて、満点の星を上から見下ろしているかのようだった。

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