憧れの街

第21話 東京でのバイト

「ありがとうございました。」


 東京に来て1週間。私はとりあえずパン屋のバイトを始めた。家の近所にあったパン屋で超有名店でもないし、チェーン店でもないが地域の方々に愛されているようなパン屋だ。


「琴葉ちゃん覚え早いね。同じ時期に入ったのに私なんて全然だよ。」

 同じタイミングで入った晴海さんは私より10個ほど年上。結婚もして子どももいるので平日のシフトでしか被らない。でも、私が大学を卒業してフリーターになったと話しても「そんなこともあるよね。生き方なんて人それぞれだよ。」と受け入れてくれて、こんな私でも親切に接してくれた。


「琴葉ちゃんは好きなものとかないの?」

 お客さんも引いた時間帯に2人でたわいもない会話をする。これがここ最近の楽しみでもあった。


「私はアイドルが好きで。あのDREAMERSって知ってます?」

「知ってる!みんな超イケメンだよね。」

「そうなんです。そこの森田涼真くんって言う人が好きで。」

「あの子か!あのゲームすっごい上手い子。」

 お盆を綺麗にしたり、洗い終わった器具を並べたりはするものの行動と口は全く別ものかのように動き続けた。

「そうなんです。歌もダンスもすごい上手くて。顔も綺麗で。」

「すごい綺麗な顔してるよね。あの子。」

「そう言う晴海さんは何が好きなんですか?」

「私?私はアニメとかゲームとかが好きで。それでその森田くんもゲーム関係から知ったの!」

 違う角度からファンを獲得する推しはさすがだなと思った。

「ヒロイッククラッシュって言うアニメが大好きで、今新しいシーズンが放送中なんだけど知ってる?」

「知ってます!私も見てます。あれおもしろいですよね。」

 推しが大ファンというので私も見始めたらまんまとハマってしまった。私は結構単純な人間だと思う。

「嬉しい。この歳だとなかなかこんな話で盛り上がれないからすごい私嬉しい。」

「そう言ってもらえて私も嬉しいです。」


「お2人さん、これ食べる?期間限定で出そうと思ってるパンなんだけど。」


 厨房からやってきたのはこのパン屋の主人である柏野さん。かなり気前が良くていつもにこやかで大らかな人だ。

 バイトの面接のときもそうだった。


「大学卒業して、バイトか。」

「はい。」

「バリバリ働いてもらっちゃおうかな。いつから来れる?」

「いつからでも大丈夫です。」

「じゃあ、明日。明日の9時から来てくれる?」

「はい。でも、いいんですか?私、まだ何も話してないですけど。」

「だって、真面目そうで優しそうだし、うちの看板娘になりそうだよ。それにこれだけ頑張ってきた。それに勇気出して上京してきたんだから応援してるし、力添えしてあげないといけないなって。」

 今までそんなことを言ってくれる人は身近に出会わなかった。だから、その応援が優しくて暖かくて嬉しくて涙が出そうだった。

「ありがとうございます。一生懸命働きます。」

「うんうん。若いっていいね。キラキラしてるわ。全然、うちなんて腰掛けでいいからね。就職活動も頑張れ!」


 柏野さんが持ってきたパンはハロウィンの時期に合わせたかぼちゃのパン、見た目はジャック・オー・ランタンのパン。

「食べたいです!」

「これ2人で食べな。」


 皿ごと渡された1つのパンを晴海さんが手で半分にちぎって、その半分を受け取った。

 中はかぼちゃの餡がぎっしり詰まっていて、食べるとかぼちゃの甘みが口いっぱいに広がった。かぼちゃが好きな私には最高に美味しい。

「柏野さん。これ美味しいです。」

「琴葉ちゃんいい笑顔で食べるね。こっちも作りがいがあるよ。」


 そんな笑いが絶えないバイト先が最高に好きだ。

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