第18話 名前のない傷跡
「おっせぇ。いつもの人ならもった速くできてるぞ。」
「すみません。」
いつもはあまり入らない14時から18時のこの時間。いつもはだいたい決まったベテランの2人がこの時間に入っていることが多いのできっとその人と比べてそう言ってきたのだろう。こんなことを言われることも多いですが、余計なことは言わない。言えば火に油だし、ただの言い訳としか受けってもらえない。それが正当な理由だとしても。
「お待たせしました。こちら商品になります。」
「はい。ありがとう。いつもご苦労様。」
もちろんいい人もいてこうやって笑顔で感謝を延べていく人もいる。
一波が終わると訪れる静寂の時間。
平日のこの時間に訪れる人は少なく、商品の期限をチェックしたりして時間を潰すがそれでも暇な時間がある。残りは窓から外を眺めて徐々に日が暮れていくのを目で見ているだけの時間を過ごす。
「山口さん。カフェ、今日はもう終了です。もう案内しないでね。あと、来店数集計しておいて。」
「はい。わかりました。」
カフェは17時で入店を締め切りとラストオーダー。18時には併設のカフェは閉店される。もう時計は17時を差していて、カフェの受付を締め切って今日の来店数を黙々と数えていく。
扉が開いて1人の女性が入ってくる。
「カフェのご利用ですか?」
「はい。そうですけど。」
年齢は60代後半の女性と言ったところで、そのたたずまいから尋常じゃないぐらいの気の強さを感じる。
「大変申し分けないのですが、17時となりましたので本日の入店は締め切らせていただきました。」
時間となったことを伝え、この時間からの入店はお断りした。その瞬間、女性の顔は怒りに満ちた。
「あのさ。それは私に対する嫌がらせ?」
「いえ、そのようなことは決してございません。」
「でも、まだ5時よね。入店は5時まででしょ?なんでダメなのよ。」
この感じでは素直に引かなさそうな女性に対して私はどんどんと萎縮していった。
「嫌がらせもいいところじゃない?5時までなんだから入れてもらってもいいじゃない?」
誰かに助けを求めたい。でも、ここにいるのは私だけで他はみんなカフェに入っている。ラストオーダーのためかなり忙しそうで助けは求められない。
「大変、申し分けございません。」
「謝られたって私にどうしろって?5時なのになんでダメなのって聞いてるの。答えになってない。」
この感じ面接のときを思い出す。頭の中では今までいろんな面接を受けて言われてきたことが頭を巡る。
「若いからうちじゃなくていい」
「もっと具体的に。」「もうその話はいいからもっと具体的に話せって。」
「あなたが活躍できる場を用意することができませんでした。」
「選考が中止になりました。」
数多くの面接で自分の話を興味なさそうにずっと聞いてきた面接官の顔がどんどんよみがえってきた。
そして毎日のように言われること。
「まだか?もう10時だろ。」
「どうなってんだこの店は。もう10時だろって。」
「ちゃんとしてくれよ。なんで店開けてんだよ。」
怒りに混じった声。舌打ち。
「結婚はまだ?」
「まだ22歳?若いね。」
そして今のクレーム。
若いだけで何もない私。こんなことのために生きているのかと嫌になって徐々に手が震えてくる。
「17時がラストオーダーとなりますので、大変申し訳ないのですが今日のところはお引き取りください。またのご利用お待ちしております。」
涙をぐっと堪えながらそう答えた。答えになっているかなんてこんな頭で考えられない。
「またのご利用ってそんなのないわよ。前はこの時間に来て通してくれたのに、融通の利かない子だね。これだから若い子は。」
「本当に申し訳ございません。」
何度も頭を下げて、顔を上げることはなかった。それはその女性の顔を見るのが怖かったことと涙目を見せる訳にいかないからだ。
「あなた名前は―。名札付けてないの。はぁ。まあいいわ。もうあなたの顔忘れないから。本当に酷いわ。」
かなり頭にきていたのか名前まで覚えようとしてきたが、呆れたようにため息をしながら今日のところは帰ってくれた。
幸いにも名札を付けていなかったので“菊池”と言う偽名とは言え名前を覚えられることはなかった。
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