第12話 若さと暑さ

 恋愛に興味がないわけじゃない。結婚もしたいという気持ちは少なくともある。子どもだって好きだ。でも、それは全部願望であってできたらいいなぐらいでしか考えたことがなかった。でも、ここにいたら“しないといけないもの”、“してないとおかしい”ものになってしまった。これが価値観の違いと言うもの。


「いらっしゃいませ。」

「すみません。ここってカードとか使えます?」

「申し訳ございません。現金のみとなっておりまして。」

「ああ、そうなんですね。ありがとうございました。」


 同じ年頃の女の子2人。きっと旅行か何かで来たのだろう。私にもあんな風に付き合ってくれる友達が今年の3月まではいたんだ。いまはバラバラになってしまったけれど。


 大学生のとき私は思いきって家を出たとき。こんな田舎者の私をみんなは受け入れてくれて、いろんなことをした。初めてチェーン店のコーヒー店で注文したし、電車に乗って遊びに行ったり、お洋服を一緒に買いに行ったりした。周りの友達はそんなこと慣れっこだったけれど、私にとっては何もかも初めてのことで新鮮だった。世の中ってこんなに広いし、なんて自分は無知なんだろうって思い知った。でもそんな生活も終わったのだ。今はこうやって就活してバイトするだけの日々。ろくに収入もない。


「山口さん。これやっておいてもらえる?」

 小林さんが持って来たのは店内に掲示する値段表が五種類、一枚の紙に繋がったものだ。

「そろそろ商品を新しいの入れようと思ってて、その値段表を切ってあの一番入り口に近いところのやつと入れ替えておいてもらえる?」

「はい。わかりました。」

「じゃあ、よろしく。」

 レジのところに立ったままハサミで値段表を切り分けていく。大きかった一枚の紙がカードぐらいのサイズになった。

 入り口近くに置かれた商品の値段表を外して今切ったものを入れていく。もう全て売り切ってしまったので商品棚はがらんとしていた。


 レジのところから奥をのぞき見すると隣接されたカフェはかなり賑わっていた。私は誰もいない店内の見張り。椅子もなく、座ることもできない。たまにうろうろ歩いてみたりしてなんとか足の疲れを逃す。

 バイトが終わるまであと1時間。結果的に誰1人として客が訪れることはなかった。


「お疲れ様です。」

「お疲れ様です。」

 交代となる18時の5分前にやってきたのはバイトを始めてから初対面となるパートさんだった。年齢は40後半から50前半と言ったところでかなりのベテランそうだ。


「始めました。前原です。」

「山口です。今日は特に何も変わりありません。」

「そうですか。いまおいくつ?」

「22歳です。」

「若い。まだまだこれからね。」

「そうですかね。」

「そうよ。まだ若いから将来いろいろ考えられるわね。学校は?」

「一応、今年大学を卒業しました。」

「大学まで行ったの?頭いいのね。」


 大学に進学する人があまりいないので大学に進学することと学力はイコールで考えられてしまうことが多い。なので、前原さんも同じように思ったのだろう。ちなみに私が卒業した大学はそこまで名門ではない。


「そんなことないですよ。」

「大学出るなんて大したもんよ。そろそろ時間なので上がってもらって大丈夫ですよ。」

「はい。お疲れ様でした。お先に失礼します。」

 捌けてタイムカードを押す。いつもより遅い時間帯での勤務だったこともあって外はすっかり暗い。


 まだ18時にも関わらず人は出歩いていない。この時間に限ったことではない話だけれど昼間より人がいないように感じる。数台、車が走っている程度だ。こんななか歩いている私は目立っている。


 鍵を開けるといつものごとくその様子を祖母は見ていた。もう、うんざりだ。

 家に入るともう父も母も帰っていて会話はない。テレビの音だけがあった。妹は部屋にいるのだろうか姿は見えなかった。


 着替えだけを持ちシャワーをしに行く。汗でベトベトだった体がすっきりするが、きっとまた自分の部屋に行けば汗をかいてしまう。


 リビングにはテレビを見る母、キッチンに父。これもいつものこと。仲はあまり良くないのでこうやって別のところで過ごしている。その空気感に耐えられなくて、コップに注いだ冷たい麦茶を飲み干して夕ご飯も食べずにスマホと保冷剤とタオルを持って自分の部屋に行く。


 2階の部屋はもわっとした暑さで包まれていた。もともとあった私の部屋は大学で家を出ている間に完全に妹の部屋になってしまった。しかも受験生なのでお邪魔するわけにいかない。私の部屋はエアコンはなく、窓を全開にして扇風機を2台もフル稼働。そして、首には保冷剤を巻きなんとか耐えていたがそろそろ限界がきそう。それでも、1人になることを選びたいのだ。

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