第11話 夢が覚めたあと
東京から帰ってきて私には今まで通りの日常が戻ってきた。東京で過ごした3日間は本当に夢のようで快適で自由だった。大学で一人暮らしをしてから地元での生活は手狭だったので久しぶりに自分らしくいられた時間だ。
「いらっしゃいませ。」
「お、今日も君か。」
来るお客さんは常連で年配が多い。職場のなかでも一番年下の私は若い。でも、そう言われてしまうことが嫌だった。
「じゃあ、これよろしく。」
持って来た商品をレジに通して会計をしていく。キャッシュレスも浸透した現代で現金しか対応していないこのお店はなかなかに遅れていると思う。そして、現金でのやりとりは慣れていない。もともと大学生時代にやっていたバイトも自動精算だったので現金のやりとりはほとんどしてこなかった。だから、おつりを渡し間違えることもあったし、キャッシュレスを導入しようと言ったこともあったが「年配が多いこの町じゃあまり使ってもらえない」と却下されたので今も現金を貫いている。
「こちら商品になります。」
「結婚してるの?」
「結婚はまだ。」
「ふーん。今、いくつ?」
「22です。」
「若いね。早く結婚して子ども産まないとね。いい人いないの?」
こんなやりとりも何回目だろうか。何度も何人も聞かれた。
「いないですね。」
「え。早くしないとダメだよ。また、来るわ。ありがとう。」
「ありがとうございました。」
こんなこと聞かれる度に気になってしまう。確かにこのあたりで一人暮らしをしている人は聞いたことがない。結婚していないという未婚の人もあまり見かけない。それぐらいみんな結婚してしまっているということ。
恋愛に興味がないわけじゃない。もちろん人生で一度ぐらいは経験してみたいと思う。でも、今まで恋愛のカケラも経験したことがない私。もはやこのあたりだと欠陥商品のようになった気分だ。
周りの友人、先輩も後輩も度々結婚していくし、彼氏や彼女がいる人ばかり。そのなかで一人を築き上げている私は悲しいことに友達も彼氏もいない寂しい人間になった。今まではそんなこと気にしたことがなかった。別にそう言う人もたくさんいる環境で大学生活を送っていたし、1人でもあるていど充実していた。今は違う。娯楽もないこの町では人付き合いが唯一の娯楽なのかもしれない。町を出たことがない人も多く、みんな付き合いが長くて良好な関係を長く築き上げてきている。そのせいなのか古い考えや地域特有の考えも強く根付いている。そのなかで、そんな人が1人もいない私は地元民なのにかなり浮いているのかもしれない。
「いらっしゃいませ。」
やって来たのは祖母だ。今日はいつもよく入る時間帯ではない14時からのシフト。いつも祖父母が昼を過ぎて出かけることはないのでわざとこの時間に来たのだ。
「琴葉ちゃん。来たよ。」
「いらっしゃいませ。」
あくまでも仕事中。特別なことなんてしない。
「こないだの涼真さん素敵な方だったわ。あのまま紹介してもらえばよかったわね。」
「ご注文かお会計はありますか?」
近くにあったおにぎりを2つ手に取り渡してきたので黙ってレジ作業をする。
「もういい年頃だから。結婚も視野に入れないとね。女は家庭に入って子育てをして旦那さんを支えるものよ。」
「お会計お願いします。」
祖母の話もガン無視しながら作業を済ませる。それでも口は止まらないようだ。
「こんどあの方とお見舞いしましょう。それがいいわ。その方が早いし、琴葉ちゃんも言い家庭が築けるわね。」
「無理。勝手に決めないで。」
もうさすがに我慢の限界だった。誰もいない店内で怒りに混じった声を出した。
「なんでよ。素敵なお嫁さんになるわ。家も建てないとね。どこに建てましょうか。そうだ、いっそのこと二世帯住宅にしましょう。その方が安心でしょう?」
「結婚するって一言も言ってないし、それにお嫁にいくならわざわざこの町に建てる必要ないでしょう?」
「何言ってるの。この町も良い場所でしょ?きっと涼真さんだって喜ぶと思うわ。」
「帰って。仕事中だから。それにそんなことしない。相手の気持ち考えたら?」
店を追い出して誰もいない店で大きくため息を吐いた。
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