第10話 自由な街

 東京での時間も今日を含めてあと2日。朝は近くのお店でご飯を食べ、地元にはない店に足を運んでは満足していた。


 これだけは私が好き勝手に行動していても明日は誰もそれを知らない。地元だったら絶対に誰かに会うし、車がないことや家を出て行ったところを誰かが見ていて次の日に必ず「昨日はどこに行っていたの?」と言われる。別に私が何していようが自由なのになんでそんなにも知りたいのだろうか。


 でも、ここなら誰もそんなこと思わない。誰にも縛られない自由な世界。自分はいつになったらあそこから抜け出せるかなと思いつつ街を散策した。


 たまたま通りかかった店の前で何か撮影をしていて人が集まっていた。ドラマか映画の撮影だろうか。近づいてその様子を見るとそこには森田涼真がいた。

 一夜明けても昨日の記憶ははっきりとしていて不思議な気持ちになった。


「休憩入ります。」

 スタッフさんの声がけで緊張していた空気が一瞬にして溶けていくのが目に見えてわかった。縁者は森田涼真1人のようであとはスタッフばかりだった。そのなかでみんなと楽しそうに話していて、周りのスタッフさんも談笑していた。私はあんな風に談笑すらしたことがない。誰かに必要とされたこともない。自分とは違う次元を生きている人間なんだ。自分はあんな風に仕事もしていないと思うと見るにも絶えられなくなってその場を去ろうとした。


 自分が悪いんだ。友達が職場の同期と仲良くしているところを見る度に自分を惨めに思っていた。その感情と同じ物を今、推しに対して思ってしまっていた。今まで推しを見ていてそんな風に思ったことはない。むしろメンバーと話しているところを自分も楽しんで見ていた。なのに、いざ目の前で仕事をしているところを目の当たりにすると、エンターテイメントではなく仕事という目で見てしまった。


「すみません。これ落としましたよ。」


 振り返って確かめると鞄に点けていたキーホルダーのボールチェーンが外れてしまっていた。


「ありがとうございます。」

「どういたしまして。あれ?琴葉さん?」

 顔を上げるとそこには森田涼真が目の前に立っていた。

「今日の服もお似合いですね。」

「ありがとうございます。」


 でも、こう見るとアイドルであることに間違いはなくてもう緊張が止まらない。褒めてもらえるほどでもないのに。


「このあと時間あります?」

 こそっと小さな声で話しかけてきて、急な誘いに戸惑った。

「あ、ありますけど。」

「よかった。実は昨日、渡しそびれてしまったものがあって祖母から預かっています。この撮影が終われば今日はもう仕事終わりなので。5時頃行きます。じゃあ、またあとで。」


 会話が終わってスタッフの中に入っていた彼の顔は俳優そのものだった。

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