第9話 推しとファン、人と人

 1人になると考えてしまう。このままでいいのかと。


 大学の友達はもう初任給はおろかボーナスまでもらってりしていて、会社にも同期という存在がいて、もちろん他の友達もいて、彼氏なんかもいたりして、仕事にもなれて、先輩とも交流を深めただろうか。

 地元の友達はとっくに結婚したり、子どもがいたりして、そうじゃなくても同棲したり付き合っている相手がいたり。地元を離れていった人だってその地で上手くやっているのだろう。そのなかで私は何をしているのだろうか。


 就活サイトを開いて応募をかける。一応、大学を卒業してから3年以内は新卒扱いも多いため応募するがもう夏。募集を締め切ったりしているところは多い。1個下であろう人達がとっくに就活を終えて、さらにその下が就職活動を始めている人だっていた。


 もういろんなことから逃れたいと窓から眺めた東京はとても輝いて見えた。私のこの街で暮らせたらもっと自由なのかもしれない。歩く人のほとんどは知らない人。私の素性も何もかも知らない。私が1人でも気にも留めないだろう。そんな世界がもっと身近にあって欲しかった。

 スマホの画面が明るくなって、窓からスマホへ視線を落とす。


 こんなに精巧にできた夢。いいような悪いような日だ。東京まで来てお見合いだなんてと思っていたが、推しに会えたことは嬉しい。その感情が複雑に交ざっていた。

 せっかく東京まで来たのだからテーマパークとかに思い切って行きたい。でも、一緒に行ってくれる相手はいない。


 昔から1人でも平気だった。1人で映画も行く、ご飯も食べに行く。でも、それにも限界が来た。確かに1人は気楽だ。でも、周りを見てたまには誰かと約束なんかしてみたいし、予定を入れてみたいと思うこともあった。大学はまあまあな地方都市に身を置き、1人での生活を満喫していた。でも、今はもうそんな生活はどこにもない。


 静かにしているとどうしてもいろんな考えが頭を巡ってしまって嫌気が差してきたので、テレビをつけて紛らわせようとしている。たまたま点けたテレビは森田涼真主演の今シーズンドラマが放送中だった。

 ほんの1時間ほど前まで目の前にいた人。なんならひょんなことで連絡先まで知ってしまった。だから、テレビに映っている彼を見ていると不思議な気持ちになった。

 推し。ずっと応援し続けてきた人。でも、さっきあって名前まで知られた。そんな関係にあるアイドルとオタクはどこにいるのだろうか。ましてや彼は地下アイドルなんかではない。超大手事務所のアイドルタレント。そんな人と私との関係が知られてしまっては私だっていい気がしない。


 好きでたまらないはずなのに、ずっと応援してきたはずなのに。こんな形で出会ってしまったこと、しかもお見合いだなんてなんだか言葉には表せないほど複雑だ。

でも、ドラマを見ているとその内容と森田涼真の演技にどんどん惹かれて見入ってしまった。気がつけば一時間枠の放送は終わり、スマホを確認すると1時間前にメッセージが来ていた。


まな:彼氏の寝顔!めっちゃかわいい


 そのメッセージと共に写真が1枚。私からすれば全く知らない人。度々、話のなかで出てくるので何となく知っているがそれでも知らない人に変わりない。


 今時点で唯一連絡をとっている友達。でも、この友達も結婚してしまったらもう私は完全に1人なんだろうなと思うと友達の幸せを喜ぶ気持ちと悲しさが一緒に襲ってくる。

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