第6話 完璧なアイドル?

「涼真さんって言うのね。まあ、素敵な方ね。ねえ、琴葉。」

「ええ。」


 なんとか話に乗っかろうとするが無理だ。だって、目の前には私が10年ぐらい推し続けているアイドルグループの1人。しかも、私の最も推している森田涼真。

 今シーズンは主演ドラマ放送中。映画も主演映画が2本公開。俳優としても大活躍。アイドルとしてもそのビジュアル、歌、ダンスの高さはアイドル界屈指の実力。誰がどこから見ても完璧なアイドル。そんなアイドルが目の前にいる。なのになんでこんなに淡々と進んでいくんだ。もうこの焦りと驚きを隠すのに必死だ。


 料理も運ばれてきてさらに話は盛り上がっていく。

「森田さんにこんな素敵なお孫さんがいたなんて。」

「そんなことを言っていただけて嬉しいです。」

「うちの孫はいい子なんです。勉強も運動も優秀でしたし、なんでもできる子なんです。だからどこに出しても恥ずかしくありません。」

 かなり大口を叩かれて困惑してしまう。なんでもできるわけではないのでそこまで言わないで。しかも推しに。

 


 本当は祖母の娘に当たる方が来る予定だったようだがそこは急用が入り代理が来た。それが推しだなんて誰が想像できただろうか。私の祖母は芸能には疎いのでそんなことに気がついていなさそう。それよりも男性が来たと言うことで私を売り込もうとし始めていて恥ずかしい。


 それもそのはずで地元だと女は結婚するもの。祖母もそう思う節はあって恋愛のカケラもなければ、そんな話の一つもない私をそういう関係に持って行きたいのがバレバレだ。


 緊張と焦りと驚きと困惑などいろんな感情と着慣れていない着物の帯の締め付けで全然箸が進まない。普段は滅多に来ない高級な料亭のご飯。もったいないが苦しさが勝って体は受け付けてくれない。


「すみません。一度席を外します。」


 もう我慢の限界で荷物を持って部屋を出て行く。外の空気を吸うために店の外へ行った。店先では邪魔かと思い少し逸れた人目にあまりつかなさそうなところでしゃがんでスマホを取り出して真菜のトーク画面を開く。


ことは:苦しくて出て来ちゃった。

まな:どういうこと?

ことは:着物着せられて、普段こんなの着ないから苦しくて我慢の限界


 無難な回答をして夜空を見上げる。東京の空はとても明るくて星はあまり見えない。それでもいろんな光が反射している美しさがあった。


「大丈夫ですか。」

 視界に入ってきたのは推しで慌てて立ち上がる。


「あ。大丈夫です。」

 恥ずかしさのあまり目を合わせられない。でも、心配なのか顔を覗き込んでくる。そんなに見ないで欲しいと思うと顔が赤くなっていくのが自分でもわかる。

「顔、赤い気がしますけど。」

「本当に大丈夫なんで。それよりいいんですか?まだ、お食事途中ですよね。」

「そちらは大丈夫です。明日仕事が早いと適当にごまかしてきたので。」

 よく見れば荷物も持っているようですぐに帰れそうな感じだ。


「それより大丈夫ですか?体調の方は。」

「え?」

「ご飯あまり食べられていないようだったので、気分が悪いのかなと。」

 今、推しに心配されてる私って何者なんだと自分でも思う。私があまり食べていないことを心配してわざわざ出て来てくれなんてもう神なのか。


「着物着慣れなくて、帯が苦しいだけなんで大丈夫です。戻りますね。」

 手を止められて阻止される。推しにこんなことされる私は一体何者なんですかと今すぐ誰かに聞きたい。


「もうそっちは大丈夫です。その辺もごまかしてきたので。本当は嫌だったんでしょ?」

 もう完全に見透かされた。そんなに顔に出ていたかなと思うとちょっと不安になった。


「顔に出てましたか?」

 恐る恐る聞いてみる。


「いえ、全然。顔もどこか浮かない顔でしたし、箸も進んでいなかったので。」

「そうなんですね。ですよね、こんな暑い時期にこんな振り袖なんて。今日はありがとうございました。今からならまだ着物返却に行けるので行ってきます。だから、りょ―森田さんも明日のためにゆっくり休んでください。」


 このまま推しと居続けるのはもういろんな意味でメンタルが持たない。もう帰ってしまおう、これは夢なんだと言い聞かせて正面の門に向かって歩き出した。


「女性を1人で歩かせるのはダメです。特にこの時間からは暗くなりますから。送っていきますよ。」


 どんな展開なのか。もう訳がわからない。でも、さすがにここで爆発させる訳にいかないのでぐっと我慢した。


「大丈夫です。その2人とかで歩いていたら、あの、誤解?されるかなと。」

「じゃあ、ちょっと離れて歩くので気にしないで。」


 2歩か3歩ぐらい下がって歩く。それは意味があるのかわからないが本人がいいのならよしとしよう。

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