第5話 初対面

 結局、父にもその話は届いていたようで行く前提で話をされた。

 交通費やその他諸々のお金を出してもらうという条件でその話を呑んだ。バイトも3日間休みを入れてもらい、お盆が明けてすぐに東京へ向かった。


 久しぶりに降り立った東京は大きかった。修学旅行以来の東京。人も街も圧倒的な印象。着いた頃は夕方にも関わらず人の波は途切れない。私の地元とは真反対の世界だった。憧れの街。このくらい大きな街で過ごせれば私だって自由になれる気がする。


「急がないと予約に遅れちゃうわ。」

 連れて行かれたのはレンタルの着物ショップで案内されるがまま部屋に行き、されるがまま着物を着付けられ、ヘアセットをされた。

 成人式に行けず。前撮りもしていなかったので初めての振り袖のタイミングが今なのかと思うと寂しくなった。


 食事をするだけなのに着物なんてもはやお見合いという言葉しか出てこなかった。ここで刃向かっては家族の亀裂が深まりそうなのでぐっと我慢する。

「似合ってるじゃない。もうバッチリ。」

 祖母はご機嫌だったので黙って笑顔で受け流す。今日さえ終わればあとはどうとでもなると思いつつ祖母に着いていく。

 異動しながら唯一連絡をとっている友達にメッセージを入力した。


ことは:着物着て今からばあちゃんの友達とご飯。もう嫌な気しかしない。


すぐに既読がついて返事が返ってきた。


まな:それお見合いってやつ?

まな:琴葉の結婚とか子どもとかすごい考えてそうだもん


 真菜は本当によくわかっているなと感心させられる返事が次々やってくる。


まな:まあ、とりあえず終わったら報告よろ


 なんだかんだ楽しそうだし、完全におもしろがっているなと思いつつ聞いてほしい気持ちもあるので「了解」と返しておく。


 履き慣れない下駄に着慣れない着物はこの時期には暑くて辛い。着いた先は今まで着たことのないような高級料亭。見た感じ和食だろうか。


 案内されて通されたところは個室でまだ誰もいなかった。

 着物のせいか自然に正座をしてしまうし、帯のせいで自然に背筋は伸びる。


「楽しみね。どんな方かしら。」


 祖母は浮かれ気分で友達と楽しくお食事なんてことしか考えていないようだった。自分も偉いと思う。逃げ出せばいいもののちゃんと来るのは来るところに。今回はさすがによそ様にそこまでの態度をつく気にはなれなくて見た目だけでも装っておく。


「あら、山口さん。お待たせしてごめんなさい。来る予定だった孫が急遽来れなくなってしまって、孫息子が代わりに来ることになったんですけど、仕事終わってから来るみたいで、もうすぐ着くと思います。」

 祖母の向かいに座り2人で話が盛り上がっていた。私はもう早く終わってくれと思いつつ、締め付けられた帯が苦しかった。


「すみません。お待たせしてしまって。」


 もう足がしびれる限界、締め付けられた帯の苦しさに気がいってしまい襖の方は全く目も向けられなかった。

 私の向かいには予想通り男性らしき人が座った。そのときに顔を上げて見ると視線があって自己紹介をされた。


「初めまして。森田涼真です。」


 目の前に座っていたのは“推し”だった。

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