第4話 食事のお誘い

 まだ昼過ぎの平日。この小さな町は誰も歩いていない。


 そのなか家まで坂道を上り続ける。坂道が多いこの地形だと自転車に乗っての移動は辛い。だから歩いて10分かかる道のりでも歩いてバイトに通った。


 家に着いて鍵を開ける。鍵の開くガチャッと言う音に隣に住む祖母がバタバタを動き出す。これもいつものことだ。


 家の玄関は隣の祖父母の家のキッチンから見える。その距離は約0メートル。家を出る時間、帰ってくる時間は鍵の音などで全てを把握。バイトに週何回行っていて、いつの時間帯に行っているのか。その時間を狙ってわざと家を出て来たり、車ですれ違うようにしたりしている。これは私が生まれてからずっと。それも全てその窓から見て情報を得ていた。完全に監視されている。私はそれが嫌だった。


 何も言わなくてもどこから情報を得てくるのか必ず知っている。どんなに隠したいことでも隠すことはできない。人の噂話は光の速さ並みに回るのが早い。特に祖父母は私の情報に関しては仕入れるのが早かった。


「琴葉ちゃん。帰ってたの。」


 わざわざ外にまで出て来て話しかけてきたのは祖母だ。偶然を装っているがさっき鍵を開けたときに窓から見ていたのはわかっているので偶然ではないことは確か。


「うん。」

「そう。今度、ばあちゃんのお友達とご飯を食べようって話になっていてね。一緒に琴葉ちゃんもどう?」

 祖母はもともとかなりの家柄の出身のようでかなり人付き合いも多く、なぜかお偉いさんとの会食も多い。その1回に参加してと言っているのだ。祖母と祖母の友達と食事はちょっと気が引ける。でも、父方の祖父母のため嘘でもいい子を作る。

「2人で楽しんでおいでよ。」


 作った笑顔は上手くできただろうか。


「そんなこと言わないで。もう琴葉ちゃんもいい歳だからね。そういう付き合いも大事にしないと。」

「また、考えておくから。」


 話を早めに切り上げてさっさと家のなかに入る。誰もいない家は静かだった。

 さっきの祖母の言い方だときっと4人なんだろう。祖母を祖母の友達、私、あと男性。結婚したい気がないわけではないけれど、相手は自分で決めたい。


 2階にある自分の部屋のベッドにダイブする。物置部屋の一角を無理矢理開けたようなスペースに多すぎる荷物が詰め込まれている。


 スマホを開いてSNSをチェック。推しの動画を再生する。そこからは音楽が流れて画面のなかで推したちは楽しそうに踊っている。

 なんとなく心が救われる。でも、最近はそれすらも感じられないぐらい気持ちは沈んでいた。


 先日受けた面接の結果はお祈りメール。さっきの明らかな結婚させようとする祖母の態度。もううんざりだ。

 家族の仲は最悪。父と母は口を全くきかない。2人が話しているのを見たのは私が高校生だったときが最後だ。口を開けば喧嘩。父が帰ってくれば明らかに嫌な態度を取る母。それを見て黙る父。その空気感がとてつもなく居心地が悪かった。


 祖父母との関係もあまりよくない。祖父母は考えが固いし、この地元特有のでは主流の価値観で生きている人間だ。女の子なんていらない。跡取りが欲しいと思う人は少なくない。それに父は一人っ子で私しか山口家にとっての孫は私と妹しかいない。だからなのか手放したくない。幸せになってほしいと言う願望が強すぎるあまりさっきのように監視してくるのだ。


 母はそれが嫌でその思いがこじれて父と仲が悪くなった。でも、父は家族なんだから祖父母のことは敬えと言う。きっと今回の食事の件も行くことになるだろう。


 地元に帰ってきてからこんなことばかり、もともと嫌だった監視の目。古い考え。地元にはもういない友達。見つからない仕事。もらえない内定。その全てがもう爆発しそうだった。

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