第4話 片付けを手伝う話。


どうにもすっきりしないソロ活動になった金曜の夜。なかなか寝付けなかったせいか、翌朝は遅めに起床しました。


週末は連休になる事が多く、筋肉痛の緩和対策も兼ねて土曜はソロ活動が盛んなはずなんだけど、今朝はなんだかどんより気分。


寝汗で気持ち悪かったので着ていた服も全部脱いで洗濯機に放り込み、そのままのんびり朝風呂タイム。こういう休日しかできない事で気分をリフレッシュしたいところです。


ゆっくりと湯舟に浸かってさっぱりしました。汗が引くまではバスタオルを巻いただけの姿でうろうろ。

ドライヤーで髪を乾かしてから、朝ごはんのフルグラ牛乳を食べていると、洗濯機から作業完了の合図がしたので洗濯物を干していきます。ちなみに室内干しです。


さて、今日は何しようかな。先週はソロ活動ネタを思い付いて、ソレに合わせて買い物したりしてたけど、この土日はコレといった予定が何もないのよね。

・・・それでいいのか独身女性。



おなかが気になったから腹筋鍛えてみようと思った訳だけど、そもそも見せる相手も予定もないじゃん。夏に海とかプールとか行ったら見られちゃうかもって、就職してから泳ぎに行ったことすらないじゃん。

・・・いいんだよ。自己満足なんだから。



改めて全身が映る鏡の前に立ち、バスタオルを取る。


活発な印象のショートカットの髪型。すれ違った人が二度見する事のない平均的な顔立ち。小柄な身長の割にしっかり大人らしくなっちゃった腰つき。すっきりした気がするけど割れる気配はない腹筋・・。そして重力に負けないささやかな胸・・。

ちょっと切なくなったけど現実は変わらない。健康的な体型は維持しているし、いざって時にお見せ出来ない代物じゃないと思う。


よし、今日は出会いを探しにいこう。・・・嘘です。そんな行動力があったら妄想三昧とは違う生活送ってますよ。



んー・・・。近くのショッピングモールがちょっと前に改装したけど混んでそうだったから行ってないな。お店が多いから色々見てるだけでも楽しいし、久々に本屋も覗いてみようか。そんな休日も悪くない。行ってみよう。


着替えて鏡の前に立つ。Tシャツ、薄手のパーカー、七分丈のデニム。


んー、もうちょい大人らしい装いを揃えるべきだよね。年齢相応な感じのマネキンを探して、服の新調も視野に入れることにしよう。ちなみに職場は指定の事務服なので、平日は服装に困ることがありません。



それでは、いざ出発~




・・・いきなりつまづいた。


お隣、おじさんの部屋の扉が開けっ放しなんだけど?


テテテと近付き、ひょいと中を覗いてみたら、目の前におじさんが段ボール箱を持って立っていました。



『あ、こんにちは』

「ども、こんにちは」

『ドア開けっ放しにしててすみません』

「いえいえ、大丈夫ですよ」

『この箱を車まで持って行こうとしてたので、すぐ閉めますから』

「ああ、そうだったんですね」

『ええ・・・、その、通してもらってもいいですか?』

「あっ、ごめんなさい」


私が通り道を塞いでいました。慌てて自室の方に下がる。おじさんが出てこようとしたら、箱が引っ掛かってしまう。



「あ、ちょっと待って。こっち持ちますね」

『申し訳ない。ありがとうございます』

とりあえず扉から出る事はできた。一度箱を置いておじさんは扉を閉めた。


『すみません、お待たせしました』

そりゃ通れるようになったけどさ。おじさんはその箱持って階段降りるんだよね?


「その、下まで運ぶなら手伝いますよ?」

『いやいや、そんなの申し訳ないですし』

「でも知っちゃったからには、階段踏み外されたりすると責任感じますし、困った時はお互い様ってことで」

『・・それじゃ、すぐ下の駐車場に車止めてるので、そこまでお願いします』

「分かりました。それじゃいきましょう」


廊下と階段の手すりに何度かぶつけちゃったけど、無事に駐車場に停めてあった営業車っぽいバンに荷物を置けました。



『ありがとう。助かりました』

「いえいえ。ちなみにまだあるんですか?」

『えっと・・・まぁ大丈夫です。お気遣いありがとうございます』

そんなに広くない通路や階段を荷物抱えて何往復もするなら、ご近所付き合い的な意味でも手伝うべきかな。善意の押し売りをするつもりは無いんだけど、急ぐ用事もない。


「このくらいなら遠慮しないでいいですよ。お手伝いします」

『えっと・・・それじゃ、あとひとつ大きめの箱があったと思うので、それだけ助けてもらえますか?』

「いいですよ。やっちゃいましょう」


再び階段を登りおじさんの部屋の前に到着。そのまま突入するのはさすがに気が引けるので玄関で待機することにしましたが・・・なんだか室内は全力で大掃除している雰囲気です。



『ごちゃごちゃしてスミマセン。また転勤する事が決まったので、引っ越し前に掃除と荷物の整理をしてまして。』

「えっ?!引っ越しされるんですか?」

まさかお隣さんが引っ越す準備をしてたとは思っていませんでした。


『ええ。10日ほど前に会社で内示を貰いましてね。月曜には正式な辞令が出て新しい勤務先に挨拶がてら顔を出す事になります。水曜に引越し屋さんが来て撤収だけどそれまでは不在になるし。なのでこの土日に部屋の片付け中です。』

「転勤ってそんなに短い期間でしなきゃいけないんですか?」

もうちょっと余裕があるものかと思ってた。


『もっと前に分かっていれば準備もしやすいんだけどね。おかげで今週はごみ出しの日に何度も往復する羽目になってます。」

「あ、そう、だったんですね。」


まじかぁぁ・・・単純におじさんのゴミ出し回数が増えたのが遭遇頻度急増の理由っぽい。自意識過剰な妄想をしてたのが恥ずかしい。


『あ、そうだ。せっかくなので何か欲しい物があったら譲りますよ?私としては荷物も減って助かるし。使ってもらえるなら嬉しいです。』

「え!そんな貰うなんてこっちが申し訳ないですし」

『買ったけど使ってないコゲないフライパンのセットなんてどう?良かったら使ってくれませんか?』

あ、それ欲しいかも。


『まだ梱包してないのも色々あるので見てみてください。どうぞ。』

「それじゃ・・・ちょっとお邪魔します」


部屋の中は、これから引っ越すというより逆に引っ越して荷解きしたばかりのような雰囲気だった。寝床周り以外は本当に片付いている。部屋に入って少し、何だろう?知っている匂いがして気になった。


『えっと、あぁこれだ。さっきお話ししたフライパンです。他にも気になったものがあれば言ってくださいね』


未開封の箱を渡される。何かのカタログで見覚えのある取っ手が外せる大中小のフライパンセットだ。気分が上がる。


「これ、本当に貰っていいんですか?」

『ええ、もちろん。使ってもらえる方がきっとフライパンも喜びます』

「それじゃ、ありがたく頂きます。なんかすみません」

『いいのいいの。他に気になるものないですか?』


そういわれてキョロキョロしていると、机に置いてあったタバコに目が止まる。


「ハイライト・・・タバコ吸われるんですね」

『ええ。すみません、においますか?』

「あ、悪い意味じゃなくて。お父さんが同じタバコを吸っていたんです」


部屋にはいった時になんとなく気になったのは、このタバコの匂いだった。


『いつもベランダの窓から顔出して吸ってたんですけど、やっぱりにおいますよね』

「い、いえ、ちょっと懐かしいなって。タバコの匂いとしては他のものより好きなほうだと思います。」


うわぁぁタバコだ!ゴミ出しのみならず、ベランダでの遭遇も勘違いだった!恥ずかし過ぎる。


『まぁハイライトは独特の香りがするからね。ところで他に何か貰ってくれるものはなさそう?』

「フライパンだけで十分です。反対にコレで手料理作ってお返ししなきゃって思うくらいです」

『おー!冗談でもそういうトキメキ感じるお言葉貰えると嬉しいよ』

「あはは・・・何度か転勤されてても、トキメキ感じる出会いは無いんですか?」

『ないない。単身赴任した先で知り合った人と、こんな風に会話したのは正直初めてで、今まさに舞い上がり気味です』

「私なんて、そんな舞い上がるほどのものじゃないですって」



『・・・いえ、とても魅力的です』


声のトーンが急に真面目になり、ビクッとしました。



『嫌われるかもしれませんが・・隣の部屋からエロい声が聞こえたことが何度かあって、あなたを見かける度にモヤモヤ気になってました』

「?!」

突然のカミングアウト。やっぱり聞こえてたんだ!



『彼氏とセックスしてると思ってたんですが、誰かがウチの前を通って訪ねてる気がしなくて・・・だから、ひとりエッチの声なんじゃないかとか』

正解です。どうしよう、バレてた。


『実はあなたがエロい配信をやっていて、それが聞こえてるのかも知れない、なんて考えちゃって』

おじさんの妄想が私の想定を越えてきた。


『わざと声が聞こえるようにして、隣の部屋の自分を誘ってるんじゃ、なんて妄想もしてました。』

それは・・・何も言えない。


『もう会わなくなるからって、とんでもない事言ってごめんね。でも、次の住人がどんな人か分からないし・・・声は少し抑えたほうがいいよ?』

トドメには居なくなった後のことまで心配されちゃった。



「その、配信とかしてないですが・・・色々スミマセンでした」

『いやいや、此方こそこんな事言ってごめん・・・』


私の痴態を知られ、その上で気遣われてしまった。辛くて怖くて逃げ出したいのに、ちゃんと怒られ、謝らなきゃいけない気もして身動きできない。



しばし沈黙が続いたあと、


『・・・あのさ、恥かきついでに思ったこと言わせてもらって良いかな?』

ごめんなさい、ごめんなさい、どんな苦情でも黙ってお聞きします。


『今、俺から口止めの代償を要求される、とか思ってたりする?』

「・・・え?」

『これって弱みをバラされたくなければ大人しく俺の言うことを聞け・・・的な展開だと思われてるかなぁ、なんて』

心臓止まるかと思った。


「そんなっ!ご迷惑かけたと反省してますし、もっと怒られても仕方ないと思ってただけで・・・」

『ごめんごめん。ひょっとしてそんな流れになったらどうしようって焦ったんだ。俺が妄想しすぎだった』

おじさんの妄想力がうらやましいよ。この一瞬でそんな展開ができるなんてね。


「さすがにそれは・・・」

ってか、コレどうすればいいの?心拍数がヤバい。


『ははは、一応既婚者だから、嫁さんに言えないような真似は駄目だって、理性のブレーキが掛かるのを感じたよ』

「そ、そうなんですね」


官能小説にあるかもしれないシチュエーションの中、おじさんはエロい展開を思い浮かべた上で踏みとどまれたらしい。


なので、あとは私が一連のやり取りに落としどころを見つければ、この状況はケリがつく。









「・・・私が望んでも駄目ですか?」


踏み込んでしまった。




『え・・・』


「恥ずかしい弱味を握られた私が、それを内緒にして欲しいと思っていて」


『・・・』


「多分大丈夫だと思いつつも、守られるだけじゃ拭いきれない不安があって」


「それなら共通の秘密があれば、あなたも必ず内緒にしてくれるんじゃないか」

「優しいあなたは私が安心できるならと、仕方なく応じてくれるんじゃないか」


『ストップ!ストップ!』



おそらく私の顔も、おじさんと同じくらい真っ赤だろう。思いつく妄想をそのまま誰かに話し続けた経験なんてこれまで一度もないし、こんな風に男性を誘う事はこの先二度と無いと思う。



『・・・ごめん、もう自分でも止められないんだけど』


「・・・うん、わたしも」


『俺とセックスしたいんだね』


「・・・はい」



二歩程離れていた距離を詰めてきて目の前に立たれると身長の差を感じた。両手を頬に添え、顔を上に向けられて、優しいキスで私たち共通の秘密が始まった。



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