第7話 怖いもの知らず

 メーカーには、自社製品のカタログがある。

 新規開拓の際や、新製品が出た時など、営業マンはカタログを持って、先方へ売り込みに行く。


 その当時、一冊で網羅できる「総合カタログ」というものがなく、何冊もの冊子(製品のシリーズ毎のもの)を束ねてバインダーで閉じていた。

 かなり分厚い上に重く、それを作るのは面倒だった。……が、そういう雑用は、大抵が新人にまわってくる。


 私が担当した営業マンのうちの一人、年配のオジサンが「椎名さん、時間が空いた時でいいから、カタログ作っておいて」と、少し職場にも慣れつつあった頃、そう頼まれた。


 素直に頷いて、暇をみては取りかかっていたけれど――正直、面倒くさい。

 そんな気持ちが態度に現れていたのだろうか。

 黒田さんと、川本さんに、声を掛けられた。


「椎名ちゃん。仕事で何か気になることとか、解らないこととかある?」


 もう少し大人なら、“いえ、特にはないです”とか、サラリとかわせるだろう質問にも、若すぎた私はハッキリと言ってしまった。


「カタログ作ってと言われたんですけど、なんで自分で作らないんですか?」


 今でも、自分で言った言葉が信じられない。

 自分で発した言葉を、今取り消せるものなら取り消したい。


 与えられた仕事は、何でもやる。

 まして新人なら、何事も勉強です。

 文句があっても、垂れずにやろう。


 一冊に全てが集約された、「総合カタログ」が登場したのは、それから1~2年後のことでした。

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