第4話 出逢ってしまった

 前日の、配属初日。

 営業部の殆どの人に、挨拶を終えていた。


 でも、課に一人だけ、まだ自己紹介が出来ていない人がいて。

 出張で “直行直帰” だった、営業さん。


 朝、昨日のように自分の席について、メモとペンを机に出して、前日の如く緊張に固まる私。


 当面の仕事は、電話に慣れることだったので、「鳴らないでー!」 なんて思いながら、電話と睨めっこしていた。


 電話は、2コール以内に取るのが鉄則。

 慣れない言葉づかいで、舌を噛みそうになりながら……。

 時には噛んで、ひたすら頑張った。


「おはよう」


 何気ない、ごく普通の朝の挨拶が聞こえてきた。

 当たり前に、みんなが挨拶を返す。


 ふと、私も声のした右側に顔を向けて――固まった。


 ありがちな表現で、 “時が止まった”。


(……誰――!?)


 頭の中で、そんな声がする。


 しばらく私の目は、その人に釘づけだった。


「あっ、いっちゃん。昨日、新人さんが来たんだよ~」


“いっちゃん” と呼ばれた、その男性が私に視線を向ける。

 ドキン!

 何故か解らないけど、鼓動が高鳴って仕方がない。


“一目惚れ” というものを、初めて経験した瞬間だった。


 その彼は、ゆっくりと、私の方に近づいてきた。


「井沢です。よろしくね」


 彼は、井沢政樹いざわまさき

 端正な顔立ちをした彼は、少し目元を緩めて、ニコッと優しく微笑んだ。

 反射的にというか、身体が勝手に動いていた。

 慌てて立ち上がり、彼に頭を下げる。


「椎名です。よろしくお願いします!」


 短い挨拶をした後も、私の頬は熱を帯びていて、いつまでも、鼓動が落ち着いてくれない。


 その日一日、いや、まさか……

 それから何十年間もの永い歳月を、想い続けるなんて、心から離れなくなる人だなんて、思いもしなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る