第6話 調査と訃報

「いてぇ」

 ヨーサは自分の人差し指を眺める。皮が剥けて血が滲んでいる。


 爪を食い込ませ過ぎて、引っ掻くとか……舐めとけば治るか?


 傷を眺めつつ階下に降りると、パレードから帰った宿屋の主人がカウンターで機械を操作していた。


「おはようございます」

「おはようございます、お客様……あら、どうかされましたか?」


 主人は立ち上がりヨーサの手をとる。傷をみると


「少し待っていてください」


と言って1度台所に行く。ヨーサは主人の姿を目で追う。主人は引き出しから絆創膏を取り出し、ヨーサの指に貼る。その指を包むように持ち、主人は笑顔で言う。


「これで見た目は気にならなくなりましたね。夜には取ってくださいよ」

「あ、あぁ。ありがとう」


 ヨーサは少し戸惑いつつ礼を言い、外に出る。


 これは……何なんだろう?包帯ともまた違う。見た目の痛々しさを隠すためのものなのか?


 それを眺めつつふらふらと歩くと、車やスクーターなどが行き交う通りに出る。ヨーサは我にかえって、今度は目的地へと歩き始めた。


 数日後。

 部屋に戻ったヨーサは、メモ書きのある付箋が貼られた地図を眺める。

 地図は国を4つの色で、門の近くから、旅人用の店が広がる第1地区、主に住民が買い物をする第2地区、住宅が広がる第3地区、城含む第4地区と分けている。

『第4地区はほぼ立入禁止区域』

『壁の近くは治安が悪い』

などと付箋には書かれている。


 あと知りたいのは、兵の宿舎と鍛冶屋・武器屋、それに城からの脱出ルートになりそうなところ……は難しいか。


 ヨーサは宿屋の主人に持ってきてもらった夕食を食べつつ明日から予定を立てる。


 翌日。早朝に宿を出たヨーサが第4地区へと歩いていると、人々がひとつの所に集まっているのがみえた。


 なんだろう……なんか、行かなきゃいけない気がする。


 10日ほど前に王が開戦の宣言をした広場。ヨーサは数百人は集まっている国民の中に紛れ、城のベランダを見上げる。近くで婦人たちが話している。ヨーサはそっと聞き耳を立てた。


「昨日の夜、前国王様の窓近くで、何かが光ったらしいわよ」

「怖いわね……何かあったのかしら」


 ヌワートおじさん……何かが光った……魔法? でもこの国に魔国の国民は、僕しかいないはず。じゃあ何故……いや、でも……


「皆のもの、静まれ」


 肩の近くまで茶髪を伸ばして暗い緑色のジャケットを着た宰相が、服と似たような暗い声で言った。聴衆に緊張が走る。

 チィサムは力ない足取りで進み出る。髪が少々乱れており、焦点が合っていないような目の下は赤く腫れている。


「集まってくれてありがとう。今日は皆に伝えなければならないことがある」


 チィサムの声が震えている。その場にいる全員が息を飲んで続きを待つ。


「昨晩、我が父にして前国王であるヌワート・ヘンリー・タキトゥスの生命の灯火が消えた」


 ヌワートおじさんが……


 混乱する人や泣いている人、憤っている人もいる。チィサムは下唇を噛み、十数秒沈黙する。目からは涙が溢れている。1度深呼吸してから続ける。


「父様の灯火を、消した奴は、魔族だということが、わかっている……これは、魔国によるものだと、私は、考えている」


 チィサムが言い終わるか否か、国中に怒声が響いた。チィサムに賛同し、魔国を非難する声だ。

 頭を殴られたような衝撃と、今すぐ否定したいという衝動、そして、どうしようもできずに黙っているしかない悔しさがヨーサに押し寄せる。だが、ヨーサは動かない。否、動けない。


 逃げたい。去ってしまいたい、はやく……でも今この場を離れたら、魔族だって思われるかもしれない。そんな危険は避けたい。


 ヨーサは拳を握りしめる。強く、強く。チィサムは涙を袖で拭い、大きく息を吸って宣言する。


「この戦争、絶対に勝つぞ!」

「オーーー!」


 人々の声が空に響いた。

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魔王復讐劇 Cris @sekieikurisutaru

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