第1話 対談
国を取り囲む城壁。その関所のひとつに、薄汚れたローブに身を包み、フードを深くかぶった人が訪れた。その端からのぞく髪は基本黒だが、紫にみえる箇所もある。無言で通って行こうとする彼を、鉄の鎧に身を包んだ2人の兵士が、槍を交差させて遮った。
「入国するには手続きが必要だ」
彼は声の主に向け、まるめた紙を突き出して言った。
「これを、元国王に渡せ」
圧を含む声。兵士は一瞬固まった後、それを受け取る。中央付近にひもが結ばれており、その上から封蝋印が押されている。
「見張っておけ」
「はい!」
紙を受け取った兵士は国内に入り、スクーターに乗って道路を走っていった。
数十分後、スクーターから兵士が降り、ほとんど白紙の入国手続き書を出されて困っている相方に声をかける。
「入国手続きいらないだとよ」
「マジすか!」
兵士は旅人に言う。
「すぐに向かうのなら、お連れしましょうか」
「頼む」
そして彼は兵士のスクーターに乗せられて国に入った。
彼らが真っ先に向かったのは、先刻兵士が来た王宮だ。彼は連れてきた兵士に礼を言うと、迷うことなく正面玄関の真後ろにまわり、5回扉を叩く。すると、カチャリ、とカギがあく音とともに扉が開く。中には20代半ばにみえる男が立っており、緊張した様子で礼をして伝えた。
「ヌワート様がお待ちです。ご案内いたします」
壁や天井、床はまっしろな大理石でできており、廊下の中央にはワインレッドの絨毯が敷いてある。各部屋と廊下を隔てる扉は木を加工してあるようで、扉どうしの間には絵画が飾られていたり、花の飾られた花瓶が腰の高さほどのテーブルに置いてあったりする。
男が案内したのは2階で階段から最も近い部屋だ。男は4回扉を叩いて告げる。
「ヌワート様、お客様がいらっしゃいました」
「入りなさい」
低いが聞き取りやすい声。男は「失礼します」と言った後に扉を開け、お客様に入るよう促す。彼は部屋に一歩入り、フードをとって挨拶する。
「お久しぶりです、ヌワート様」
「久しぶりだね、ヨーサ」
ふたりの声も顔も穏やかだ。ヌワートはヨーサの後ろに居た男に命じる。
「連れてきてくれてありがとう。ふたりだけで話したい。席をあけてくれ」
「かしこまりました」
男はゆっくり礼をして扉を閉めた。
「ヨーサ、遠かっただろう。とりあえず、そのソファに座って。くつろいでいいからね」
「ありがとう、ヌワートおじさん」
ヨーサは言われた通り、ヌワートと対面してソファに腰掛ける。
「え、なにこの感覚……超不思議なんだけど」
「最近我が国ではやっている、低反発の素材だよ」
「へぇ」
「テグキナのやつ、あの封蝋印をわざわざ使うとはな」
「これならすぐわかるからって言ってたよ」
「はは、確かに」
ヌワートが顔のシワを寄せて笑ったのを見て、ヨーサが懐かしむような顔になる。
「そういえば、ヌワートおじさん老けたよね。前会ってから何年経ったっけ」
「あ~、チィサムが産まれる前だから25年くらいか?」
「あれ、それくらいしか経ってないのか」
「魔力が多い人たちからしたら『それくらい』かもな」
「魔力少ないのって不便だね……そのぶん科学が発達してるんだけど」
ヨーサは1度溜め息をついてから天井を向く。
「その発達のせいで、もしこの国と戦うことになったら、こっちの負けはほぼ確定だ」
視線をヌワートに戻し、真剣な顔で言う。
「率直に言う。戦争を始めないでくれ」
「断る」
ヌワートは即答した後、俯向いて続ける。
「と言うより、始めざるをえない」
ヨーサは首を傾げて続きを促す。
「理由は、大まかに2つある。1つは、私が現国王ではないこと。すでに政治などもすべて、チィサムに任せてしまっている」
ヌワートは腰を上げて窓辺に移動する。外には国民の家や店などが、城壁まで並んで建っているのがみえる。
「もう1つは、国民が開戦に賛成だからだ。王が政治を行っているとしても、その王は民の代表として居る。もちろん反対派もいる。だが、大多数が望むのであれば、例え王が反対派だとしても、そのようにしなければならない」
ヌワートが振り返り、ヨーサに困ったように笑いかける。
「すまないな」
「いいや」
ヨーサは首を振り答える。
「わかる。大丈夫だ。それに」
外が騒がしくなる。ヨーサもヌワートの隣に行き外を見る。
「こちらも受けてしまったからね」
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