第12話 魔法

 ヒカルと二人の少女は周囲を警戒し、隠れ、男達を回避しながら進んだ。やがて目の前には高くそびえる門が見えてきた。門の近くには見張りの男が二人立っていた。

 無事に辿り着いたとは言え、まだ切り抜けるべき課題は残されている。その重苦しい空気の中、ヒカルたちの緊張感を煽るように風が木々を揺らす。


 夜露に濡れた草の茂みに腰を下ろし身を隠すと、ヒカルはふたりと繋いでいた手を離した。周囲の音を聴きながら、心臓の鼓動だけが耳をつんざくように感じられる。そして、ヒカルはユースティティアに尋ねる。


 (ユースティティア、門の近くまで着いたよ。魔法はどうやって使うの?)


『魔法は私が実行します。この位置から守衛までの位置は約101.9mと推定します。魔法の効果範囲内です。守衛を睡眠状態へと誘う魔法「スリープ」を実行します』


 ユースティティアの静かな声が脳内に響き始めると同時に、ヒカルの体が一瞬青白く光った。それは夜の闇を一瞬掻き消すほどの眩しい光だった。


 そして、驚くほど短い時間でその一切が終わった。その光を目の当たりにした瞬間、見張り役の男たちが崩れ落ち地面に倒れ込む。それはユースティティアが説明を始めた瞬間に起こった事だ。その速さと効果に、ヒカルは驚きを隠せない。


 (えっ! もう魔法を使ったの? まだ話の途中だったよね?)


 ヒカルは驚きの声を抑えつつ、理解が追いつかないままユースティティアに尋ねる。


『はい。私の言葉はヒカルには言語であり、会話のように聞こえるかも知れませんが、実際には一般的な言語ではなく、データの形で一瞬でヒカルの脳に送られます。ヒカルが私の送信したデータを会話として認識する処理をしている最中に魔法を実行しました。そのためヒカルには話の途中で魔法が発動されたように感じたのでしょう』


 (そ、そっか……言っている事は分かるんだけど……処理早すぎだね……)


『ヒカルと私の魂は繋がっているため、ヒカルが脳内で言葉を想起した段階で、既に私はヒカルの言いたいことを理解できています。今回は念のためヒカルの言葉を確認してから魔法を発動する形式を取りましたが、やや配慮が足りませんでした』

 


 (武道の達人が考えるより前に体が動くとか言うのと同じで反射に近いスピードで魔法が使えるって事だよね。慣れるまではビックリしそうだけどモンスターとの戦闘では凄く役に立ちそう)


 と、脳内でユースティティアと会話していると横から突如として寂静を切り裂く少女の声が響いた。


 「……今のが魔法ですか? 驚きました、一瞬なのですね。……しかし、魔法を使う前に一言くらい下さい!」



「えっ? あ、ごめん……忘れてた。そうだね、僕も魔法なんて初めて見たし発動も早過ぎてビックリしちゃったよ。……っ!?」


 そう言ってヒカルは少女の方を振り向くと、そこには今まで暗くて良く顔を見る事ができなかった少女たちが、月明かりに照らされていた。


 彼女たちはまるで月の光を纏ったように輝き、まだ幼いながらも美しかった。少女たちの大きな瞳がヒカルを見つめている。やや吊り目がちな目とややタレ目がちな目。それぞれの容姿はよく似ているが目の特徴だけは違っていた。


 しかし、彼女たちの中で最も印象的だったのは、その純粋で無垢な可愛らしさ。それは心を打つものであり、目の前の景色が現実なのか幻なのかわからないほどだった。彼女たちの姿を見て、ヒカルは言葉を失ってしまった。


 ヒカルはしばらくその場で動くことができず、ただ彼女たちの美しさに見とれていた。

 


 「あなた先ほど魔法が使えると言っていましたよね? 実際に使用しましたし、魔法を初めて見たとはどう言う事ですか? ……ちょっとなにをかたまっているのですか? 反応して下さい!」


 吊り目がちな少女が捲し立てる声にヒカルはハッと我に返った。


 (おっと……危ない。この子たちとんでもないな。アストライアも美しかったけど、アストライアの完成された美と違って、ふたりはまだ幼く高い将来性もある)


 (そう言えば名前聞いてなかった……。今は聞いてる時間はないから取り敢えずツリ子とタレ子でいいか。しかし、どうやって誤魔化そう……そうだな……)


『君達があまりに美しいから見惚れていた』

 ユースティティアの声が脳内に響く。


「ちょっと!?」


「あ、ごめん。君達があまりに美しいから見惚れてた」


「っ!! あ、あなた自分がなにを言っているのか分かって言っているのですか? こんな時にじょ、冗談を言わないで下さい!」


 吊り目がちな少女=ツリ子が声を裏返らせ、顔を真っ赤にさせながら抗議の声を上げる。動揺の色を隠しきれていない。タレ目がちな少女=タレ子は俯いていてしまい顔の表情が読み取れない。


 (ヤバい……ユースティティア!? 変なこと言わないでよ! つい声に出ちゃったじゃない!)


『ヒカルの本心です』


(っ!!)

 

「べ、別に冗談を言ったつもりはないんだけど……それよりも、魔法に関することは後で説明するから、今は早く逃げよう!」 


「あ、あなたと言う人は! まあ良いでしょう……魔法の事は後でしっかり聞きますからね!」


 ヒカルは頷くとふたりに手を差し出した。すると少女たちは微妙な顔でその手を見つめている。


「どうしたの? 暗いからはぐれないように、また手を繋ごう、急いで! 見張りの男たちが起きたら面倒だからさ!」



 ツリ子が顔を赤らめヒカルを睨みつけ何か言いたそうな顔をしている。タレ子も顔を赤らめているが、睨みつける事はなく、ヒカルとツリ子を交互に見てソワソワしている。


「……こ、今回だけですからね!」


 そう言うとツリ子がヒカルの手を取るとホッとしたようにタレ子もヒカルの手を取った。そして、3人は門の方へ駆け出し、門を通り過ぎていった。


 見張りの男たちは静かに眠っていた。遠くで3人の足跡の音が小さく響き渡り、やがて消えていった。

 

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