第11話 逃亡
すると、一人が両手を広げもう一人を護るように前方に立ち、ヒカルの方を恐怖と怒りに満ちた目で見つめていた。背丈から彼女たちはヒカルと同じ年頃に見えた。
どうやらヒカルが考え事をしながら立ち止まっているのを見て、驚きと警戒心を与えてしまったようだ。
(誰って……そっちが誰だよ!?)
ヒカルはそう思いながら、少し思案すると少女たちに答えた。
「僕はヒカル。君達も小屋から逃げて来たのか?」
そう問いかけると、一人の少女が安堵したような表情を見せ、小さく頷いた。
「そっか……僕はこれから門に行ってみるつもりなんだけど、ふたりも行く? 門が開いていればいいんだけど……」
と言うと、前方にいた少女が口を開いた。
「門は開いているけど、男が見張っていて通り抜けるのは無理よ……」
予想はしていたが、現実を突きつけられ、ヒカルの頭は混乱に陥った。門が開いているのは良かったが、見張りがいるとなると、通り抜けるのは難問だ。しかも、ユースティティアのサポートがないというのは痛い。
そもそもユースティティアなど最初から無く、ヒカルの妄想の産物だったのかも知れない。
ユースティティアとは今朝から午前中の間しか会話していないのだ。ヒカルの最近の心理状態では妄想を創り出し、幻聴を聞いていたと考えても否定は出来ない。
『私のサポートが必要ですか?』
ヒカルが頭を抱えていると、頭の中で突然声が響いた。まさかの現れ方に驚き、
「ユースティティア!?」
とヒカルは叫んでしまった。
その大声に、少女たちは驚き、さらに警戒の色を強めた。
「あっ……驚かせてごめん。ちょっと待ってて」
ヒカルの声に、少女たちはそれぞれ異なる反応を見せた。手前の少女は鬼のような形相でヒカルを睨みつけ、後ろの少女はプルプルと震えている。
(ユースティティア! 驚かせないでよ! ふたりを驚かせちゃったじゃない!)
『すみません、ヒカル。先程、スリープモードが解除されたばかりで現在の状況を把握出来ておりません』
(スリープモード?)
『はい。日中のオートモード、分体生成、魔石生成に加えヒカルの体力回復に小屋の内部の魔素とヒカルの体内の魔素を使用したため起動に必要な魔素が不足していました。そのため、ヒカルの体内の魔素が一定値に達するまでスリープモードに移行していました』
そう言われて初めて、ヒカルは自身の体が意外と軽いことに気がついた。あれほど辛かった日中の痛みや疲労が、今はすっかりなくなっている。
(僕の体内の魔素や周囲の魔素が少なくなるとユースティティアを起動出来なくなるのか)
ユースティティアと会話した時間はまだ数時間、起動条件などの基礎的な事もまだまだ知らない事が多すぎる。
「ヒカルの記憶を読み込み、現状を把握しました。事態は緊急を要します。壁内部からの逃亡案を提示しますか?」
ユースティティアが機械的に問いかける。
(!? お願い!)
ヒカルは一瞬驚き、若干思うところもあったが、急いで頷きいた。
その後、ユースティティアは詳細な逃亡計画をヒカルに伝えた。
『了解しました。まずはこのまま西の門を目指して下さい。守衛の男は私が魔法で眠らせて通り抜けます。その後結界の外に逃げます。結界の外は高濃度の魔素とモンスターにより危険です。魔素はヒカルの周囲を結界で覆う事で対応し、極力、モンスターとの戦闘は避けます。途中、追っ手を撒くために分体によりヒカルの死を偽装します』
(分かった。それでおねがい!)
考える暇もないほど迅速なユースティティアからの提案にヒカルは瞬時に許可を出した。
続けてヒカルは少女達に向かって深呼吸し、自信に満ちたはっきりとした口調で話し始めた。
「お待たせ。門が開いていれば男の方はなんとかなりそう。僕は魔法が使えるんだ。だけど、危険なのは確かだから一緒に協力しよう」
「あなた魔法が使えるの?」
一人の少女が驚きの声を上げる。
「うん、少しだけどね」
ヒカルは少し照れた笑みを浮かべながら答える。もちろん、実際にはAIが魔法を使うのだが、それは彼女たちには言えない。
「そう……凄いのね。確か魔法を使うのは難しいはずだけど……うぅ……ダメ、よく思い出せないわ」
「どうかしたの? 大丈夫?」
片手で頭を抱える少女にヒカルは心配して声をかけた。
「私達はいま記憶が少し曖昧なのよ。昨日の夕方ごろここに連れて来られて、それ以前の記憶がほとんど無いわ」
よく見ると身なりもヒカルの貧相で小汚い衣服と比べ、少女たちの服はそれほど汚れておらず、どこか気品がある。しかし、今は悠長に話している時間は無い。
「ごめんね。詳しく話を聞きたいけど、今は時間がないんだ。今はとにかく逃げよう! ついて来て!」
ヒカルは少女達を先導するように立ち上がるとふたりに手を差し出した。
少女達は少し躊躇していたが、視線を交わして頷きあうと、差し伸べられたヒカルの手を掴んだ。
そして、三人はゆっくりと歩み始めた。辺りは静まり返り、先程までの動揺や不安が微かな希望に変わっていく。
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