第9話 魔素

 奴隷の監視役であるはずのドメフが、常時監視する事なく、必要最小限しか監視に来ない事には、違和感を感じていた。もし、壁の内部は魔素濃度が高く危険だ、と言う知識があったとすれば辻褄が合う。


 『魔素は放射線のような被曝の危険性はありません。しかし、魔素は取り込みすぎると体内で次第に魔石化します。その魔石が放出する強い魔素エネルギーをコントロールする術がないと魔素エネルギーが暴走し、体が耐えきれず死亡する事が確認されています。現在、魔素をコントロール出来る人間は領主である魔人のみとされています』


 ヒカルはユースティティアの解説に深く思索した。


 (それって魔素が体内で余って持て余す事が原因って事だよね、と言う事は魔素をユースティティアに消費して貰えば僕の場合は大丈夫って事かな?)


 『はい。一般的な人間に見られる症状は私が魔素をエネルギーとして常時消費する事で抑える事が可能だと考えられます。しかし、懸念事項が一点見つかりました』


 (懸念事項?)


 『魔素がヒカルの身体に及ぼす危険性を検証するために魔素を解析した結果、魔素に改ざんの形跡が見られました』


 (!? 魔素って改ざんとか出来たの?)


 『いいえ。その記録は残っていません。しかし、魔素は約二千年前に出現し、魔素をコントロール出来るのが現時点で魔人だけであり、研究が進んでいません。また、魔素に関して知識が共有されていないため情報が不足しています』


 ヒカルは息を飲んだ。


 (!? 魔素って最初からこの世界にあったんじゃないの?)


 『いいえ。約二千年前からです。それ以前に魔法を使うものがいると言う文献は残っていません。約二千年前以降の文献には魔素、魔石、モンスター、魔人などが記載されるようになりました。厳密な時期は不明ですが「突然現れた人間が魔法のような現象を引き起こした」と言う伝承が残っています。よって、伝承の人物が現れたのも約二千年前と考えられます』

 


 ヒカルの頭の中は、次から次へと新たな異世界の情報でひしめいていた。

 転生前の地球では、魔法や魔素といったものは、一部のファンタジー小説や漫画、ゲーム、夜更かしして見ていたアニメの世界だけの話だった。しかし、ここクロシトリアでは、それらは現実の一部であり、それが生活を大きく左右することになるとは、ニ週間前には夢にも思わなかった事だ。


 どうやらこの異世界では魔素と言う概念が極めて重要な意味を持つらしいと言う事に気付かされた。それは魔法を使うために必要になり、ユースティティアの動力としても必須になる。そして、この世界を実質的に支配していると思われる魔人のみがコントロール出来る約二千年前に出現した謎の物質(?)

 それをもたらした謎の人物も気になる。新しい知識と謎の数々にヒカルの頭は飽和状態だった。

 

 

 ふと意識を現実に戻すとオートモードによる畑作業は終わっていた。普段、1人で終わらせるとすれば夕方までに終わるか終わらないか、と言う作業量を午前中には終える事が出来た。しかし、普段と違う筋肉を使ったためか体のあちこちが悲鳴をあげていた。


 (ユースティティア。オートモードと情報ありがとう。今は体が痛いし頭も疲れちゃったからまた後でお願い。あっ、それと小鳥の分体に魔石を確保させるんだっけ?)


 『はい。小鳥を結界の外の魔素濃度が高い地域に派遣して魔石の確保を推奨します』


 (じゃあ、それお願いね?)



 『了解しました。小鳥に魔石確保の指令を出します。小鳥は私の分体であるため離れていても指示の変更や状況の把握などが可能です』


 (分体って僕じゃなくてユースティティアの分体だったんだ。動力は魔石でも意識とかはどうなってるのかなと思ってたんだ。僕は疲れたから小屋に戻って少し寝る事にするよ)


 ヒカルはそのまま畑を後にして小屋に戻って眠る事にした。

 

  

 ヒカルが小屋に到着すると、その中は静寂に包まれていた。ジンとクリップはまだ家畜の世話をしているのだろう。彼らの笑い声や談笑の音はなく、残されたのはたまに聞こえるガタガタと言う風に揺らされた小屋の悲鳴だけだった。


 ヒカルは心身共に疲れていたが、心の中は喜びに満ちていた。ユースティティアの存在によって、遠くない未来、奴隷の鎖から自由になる可能性が見えてきたからだ。


 ジンとクリップにはいつ話そうか、突然ニ人に話しても、また正気を疑われるだけかも知れないが、まあなんとかなるだろう。今すぐに畑仕事が終わったと言って驚かせて見せるのも悪くはないが、今は疲労が酷い。今は体を休める事を優先しよう。


 ややカビ臭い藁布団にはまだ慣れずにいたが、今はそれほど気にならない。ヒカルは新たな希望を胸に少しだけ眠る事にした。意識が微睡に溶け込む前に、ヒカルの唇から小さな笑みがこぼれた。

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