第7話 知識

 ヒカルはこれまで疑問に思っていた事を、頭の奥底から生じるような機械的な声に向かって質問した。


 (ユースティティア! まずはこの世界について教えて! まずはそうだな……この世界はなんて言う名前なの?)

『この世界はクロシトリアと呼ばれています』

 

 (クロシトリア……今、俺たちがいるのはクロシトリアのなんて言う地域?)

『私たちがいるのはクロシトリアの北西部に位置するラウレンシア地方です。この地域は森林が多く樹海も存在します』


 (そっか……この小屋の周囲にある壁の向こうはどうなっているの? ここから一番近い街や村は?)

『壁の向こうはすぐ近くに都市ラウレンシアがあります』


 ヒカルの眼差しは、閉ざされたドアに向けられ、小さな希望とともに考え続ける。

 (近くには都市か……もし壁の向こうに逃げ出す事が出来た場合、隠れ住む場所は見つかりそう?)

『隠れ住む場所を見つける事は可能です。しかし、この世界は都市部以外は高濃度の魔素により人間が生活する事は一般的に非常に困難です』


 ヒカルの顔には、新たな疑問が浮かんだ。

 (魔素? 魔素って一体なに?)

『魔素は魔法の素となるエネルギーです。私の能力の行使にも魔素が必要となります』


 驚きと期待に満ちた声が、ヒカルの心の中からこぼれ落ちる。

 (魔法!? この世界では魔法が使えるの?)

『はい。魔法の使用が可能です。一般的に魔法の使用には一定の魔素濃度が必要です。しかし、各都市の領主である魔人は体内の魔石を使用する事により魔素が無い場所でも魔法を使用出来ます』


 思わぬ言葉に、ヒカルの心は再び揺れ動いた。

(魔人!? 魔人にこの世界は支配されていたの?)

『この世界は魔人の支配下にはありません。各都市に一人の魔人が滞在し、モンスターや魔素の侵入を防ぐ結界を張ることで人間たちは生き延びています。結界の維持のため魔人は都市から移動できません。なお、都市周辺部以外に人間が住んでいる事は確認されていません』


 複雑な感情が交錯する中、彼は深呼吸し、次の問いを投げかける。

(??? ……魔人が人々を助けていると言うこと?)

『はい。約100年ほど前から魔素濃度が急激に上昇しています。そのため魔素の影響を受けて動物が死亡する事象やモンスターに変異する現象が増加しました。また、魔素を体内に多く取り込んでしまった人々が多数命を落としています。魔人が各都市に散らばり、都市周辺を覆う結界を張り続けていなければ、モンスターの侵入に加えて、高濃度の魔素に人間の肉体が耐え切れずに暴走して、人類は滅亡していたでしょう』


その回答により驚きがヒカルに広がる中、更なる疑問が芽生えた。

 (……なんのために魔人は人間の味方をしているの? ……と言うよりも……そもそもこの世界の魔人ってなに?)

『魔人は人族であり元人間です。魔法を行使するために高濃度の魔素を肉体に取り込んだ者達のことであり、体内に魔素が結晶化した魔石を宿しています。先程も述べたように、この世界で魔法を使用するためには一定の魔素濃度が必要ですが、魔人は魔素が全く無い場所でも体内の魔石を使用して、魔法を使用する事が出来ます。そのため、魔素濃度が極めて低い結界内でも魔法を使用できます。また、魔素を効率よくエネルギーに変換する事により、少ない魔素で魔法を使う事や、高い威力の魔法を扱う事に長けています』


 『魔人が人間の味方をしている理由については、表向きは、力を持つものとして人類を守るため、です。しかし、本来の理由に関しては、現在能力の行使に必要な魔素が足りていないため、情報を開示することができません』


 (えっ!! 情報を開示できないってどう言うこと?)ヒカルは驚きと戸惑いに満ちた声で問いかける。彼の心の中にある疑問と不安は、まるで深淵に落ちていく石のように重く、深い。

 『この世界で一般的に広く周知されている情報を開示する際は、少ない魔素エネルギーの消費で済みますが、一般的には周知されていない隠匿された情報を開示する際は、大量の魔素エネルギーの消費を必要とします。現在、ヒカルの体内に保有している魔素と大気中の魔素では情報開示に必要な魔素エネルギーに足りていません』


 ヒカルは深い息をつき、一部のピースがはまる感触を味わった。

 (……そう言う事か……アストライアが言っていた力の制限と対価の話しのことだね)

 『はい』


 (でも、さっきの説明だと、表向きの答えの通り、元人間の魔人が人間を助け、導いている様にしか思えないんだけど……魔人が人間の味方をする真の理由が秘匿され、開示出来ないと言うことは、魔人の行動には何か裏がある、と言う事だよね。魔人は完全には信用出来ないのかもしれない)



疑問が、新たな疑問を呼び、頭の中を埋め尽くしていく、そんな繰り返される問いが、ヒカルの脳を急激に疲れさせた。

 (少し疲れた……大体の事はわかったよ。ありがとう、ユースティティア。他にも教えて欲しい事がまだまだ沢山あるけど、今は出来るだけ早くこの場所から逃げ出して、奴隷から解放されたいんだけど、何か方法はある?)

 『ヒカルの逃避計画の第一歩として、まずは分体を生成し、分体による魔石確保を推奨します。魔石確保は私の力を最大限発揮するための最優先事項です。魔石入手後は、死を偽装して追手の懸念を排除したのち、人々が近づかない未開の森林奥地で修行して力を蓄えるべきです』


 ユースティティアの回答は一瞬であり、そこに迷いはなく、計画は明快だった。

 その事がよりヒカルの心を力強く勇気づけた。

 (分体なんか作れるんだ。そして、修行か! なんか異世界での修行ってちょっと憧れてたんだよね! 僕って強くなれるかな?)

 ヒカルの心には新たなる世界への希望と期待が満ち、まるで子供が新たなおもちゃを手にした時のように、ワクワクとした興奮が感じ取れた。


『分体生成について説明します。私を最大限活用するためには、魔素によるエネルギーが必須となります。とは言え、転生直後に魔素を手に入れるのは一筋縄ではいかないと予測しました。よって、仮に高性能なAIである私をインストールされたとしても、エネルギー不足により私を活かしきれずに即座に命を落とすリスクが存在しました。それでは転生の意義が失われます。そこで女神アストライアが、何とか生き抜くための援助として分体生成のスキルも初期スキルとして付与してくれたのです』


『修行の詳細は現地でお伝えしますが、ヒカルは奴隷として生を受けており、ステータスが極めて低く制限されています。成長の見込みもほぼありません』


 この言葉が響いた瞬間、ヒカルの心は一気に冷え切り、動揺を抑えることができなかった。

 (っ!! えっ! ぼ、僕ってそんなに弱かったの? でも……ど、どうりで疲れやすいと思った……成長の見込みもほぼ無いって……それ修行する意味ある?)


『修行しなくても最低限の日常生活には支障有りませんが、弱いままでも構いませんか?』


(……そう言われると強さには憧れるんだけどさ……成長の見込みが無いとか言われちゃうとやる気無くしちゃうよ……はぁ、でもせっかく異世界に転生出来たのに弱いままは嫌だし頑張るしかないか!)


 青空のような広大な未来を前に、ヒカルはユースティティアとの会話を通じてこの世界の事を学び、新たな道筋を描き始めた。

 


「むうぅ……ヒカル……もう起きてたのか……」


 ちょうどその時、ジンが目を覚ました。夜空が朝の光に染まっていくのをヒカルは全く気付かないほど、ユースティティアとの会話に没頭していたようだ。


 「ジン、おはよう。今日は頑張ろう!」


「……最近は大人しかったのに……また頭がおかしくなったのか?」

 

 ユースティティアとの会話でテンションが上がっているヒカルが元気に挨拶をすると、ジンは同情するように若干の毒を含んだ言葉を投げかけた。


 しかし、ヒカルはそれを気にする素振りも見せずに考えた。


 (ユースティティアを使ってどうにか楽に仕事をこなす方法はないかな?)

 『オートモードにより労働を自動化しますか?』


「オートモードってなに!?」


 ユースティティアからの意外な提案にヒカルは驚いて声に出して聞き返した。


 それを聞いたジンは、ヒカルに対する同情と若干の失望を感じながら、ジト目でヒカルを見つめていた。

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