第3話 女神
その夜、一日の重労働がヒカルの身体を疲労困憊へと追いやった。藁布団に包まれたヒカルは、まるで命の炎を一時消したかのような深い眠りに落ちた。
意識が戻ったとき、光一は幻想的な風景の中に立っていた。眼前には青空と草原が無尽蔵に広がり、ほのかな甘草の香りと共に柔らかな風が彼の頬を撫でていた。
その風景は一見すると美しいが、遠く地平線まで見渡す限り何もないため、どこかさびしげな雰囲気が漂っていた。
そこで光一は自分が子供の姿ではなく35年間、慣れ親しんだ自分自身の体である事に気がついた。
すると突如、光一の周りに金色の光が溢れてきた。その眩しさから目を閉じた光一が再び目を開けると、目の前には見知らぬ美女が立っていた。
神々しく美しいサラサラとした長い金髪の女性で、その顔はこの世のものとは思えない程良く整っており、美しさと可愛らしさが絶妙なバランスで調和していた。
年齢は20歳手前くらい。身長はやや高めに感じる170cm程だろうか。
眩しいほどの白をベースとし、金色と銀色の紋様が上品に散りばめられたドレスを着ている。
そのスタイルも見事と言う他ない。キュッと絞られたクビレに目に付く双丘はボリュームの割に一切の重力を感じさせていない。
閉じられていた瞼がゆっくりと開かれると目は星のようにきらきらと金色に輝いていた。
呼吸を忘れ、時が止まったかのような、光一の全ての感覚をその女性が奪っていた。
彼女を一言で表現するなら女神という言葉以外は見つからない。
「ヤッホー!光一ちゃん、元気? 私は元気よ! あっそうそう自己紹介がまだだったわね! 私は女神アストライアよ!」
彼女の声は美しい小鳥の囀りのような響きを持っており、その笑顔は太陽が雲間から顔を覗かせるように明るかった。女神アストライアと名乗った女性は楽しげに手を振りながらそう言った。
「っ!!!」
光一の口から思わず声が漏れた。彼女のその言葉と態度は、先ほどまでの神々しい堂々とした雰囲気とは正反対で、まるで晴れが一転して雷雨に変わるような驚きを感じた。
「……えっ、なんで俺の名前知ってるの? それに……光一って、それ俺の名前だけど……もしかして、やっぱり奴隷になったのは夢だった?」
光一の瞳は突然現れた女神とその軽い発言に驚きと困惑、そして、微かな喜びに満ちていた。
「いいえ! 夢じゃなくて現実よ! そして、今が夢の中よ!」
とアストライアは応え、瞬時に笑顔を消すと
「さて、早速だけど……本題に入らせてもらうわ……良いニュースと悪いニュース……どちらを先に聞きたい」
と先ほどまでのハイテンションの軽い雰囲気とは異なり、アストライア本来の雰囲気にマッチした真面目な声、厳格な雰囲気で言った。
「悪いニュースからお願い!」
光一は、彼女の空気を読んだ上で、即座にそう答えた。光一の表情には少しの迷いもなかった。
「っ!! そこ少しは考えるとこじゃない?」
アストライアの目は驚きで見開かれ、彼女の声は一瞬で高くなった。
「だってどうせ両方話すんでしょ? だったら悪いニュースから聞いた方が後味悪くなくて良いよ」
と光一が言うと
「……まあそうなんだけど。せっかくシリアスに言ってみたのに……まあいいわ。言ってみたかっただけだから」
「なんだか調子が狂っちゃうわね」
「さっきまで動揺してたのに、今はすっかり冷静ね。なかなかやるわね」
彼女は独り言のようにぶつぶつとつぶやいた。その後、彼女の声は以前の活気を取り戻し、
「まあいいわ! 許してあげる! 悪いニュースから行くわね! 実はね、光一ちゃん、あなたは前世で隕石に直撃されちゃって、うーんとね、なんて言おうかしら。ちょっと死んじゃったのよ! もうその辺は思い出したかしら!?」
「ええっ!?」
光一の目は驚きで見開かれ、その声は完全な困惑を表していた。
確かに隕石らしき光が自分に向かって近づいて来た光景はぼんやりと思い出せる。現実を受け入れる覚悟もしたはずだった。しかし、こうやって自分の名を知る、女神と名乗る女性から現実を突きつけられると、驚きの衝撃と動揺を隠しきれない。
「それでね、実はあの隕石、わたしが投げたのよ!」
彼女はなんでも無いことのように、悪戯っぽい微笑を浮かべて言った。
さらなる爆弾を追加され
「な、なんでそんな事……」
と光一は、驚きと困惑と怒りが入り混じった引き攣った表情で、喉の奥から低い呟きを漏らした。
「ごめんね、でも安心して! あれはただの抽選だったのよ。そして、見事隕石に当たったあなたには……なんと、異世界転生の特典が与えられるわ!」
彼女の顔にはどこか満足げな表情が浮かび、凄いでしょとドヤ顔でそう言った。
「これが良いニュースよ」
と。
「……すごく勝手なこと言ってるよね……」
光一は、アストライアの満面の笑顔を眺めながら、怒りを通り越して呆れ果てた眼差しでそう言った。
(わっ!!近っ!)
光一が声を挙げると、アストライアは、いたずらっぽい微笑を浮かべながら、顔をギリギリまで光一へ近づけて、彼の目をじっと見つめた。
「嬉しくないの?」
彼女は、無邪気な瞳で光一を見つめて言った。
「だってあなた、『死にてぇ〜』、とか何度も何度も言ってたじゃない!」
アストライアは、なぜ喜ばないのか心底分からないと言うように首を傾げている。
確かに最近の光一は、生きる意味を見出せずに疲れ果てていた。異世界転生してみたいとか考えたことも実はあった。しかし、転生先が奴隷の孤児とは……
「異世界転生するとしても奴隷は無いよ……普通、異世界転生ものって言ったら主人公はチート能力で勇者とか剣聖、賢者、王族、貴族になれるよね? 今から変更出来るの?」
アストライアを至近距離で直視出来ず顔を横にそらしながら光一は質問した。光一の心臓は悪戯に高鳴っていた
アストライアは顔を離すと
「うーんとね、無理ね!」
明るい声で答え、それを強調するように彼女の頬には幼い笑みが浮かんでいた。
そして、まるで秘密を打ち明ける子供のように、
「実はね……」
と話し始めた。
「本当は領主一族の子供に転生させて、特典で好きな能力か武器かアイテムなんかを自由に一つ選んでもらう予定だったの。でも、適当に投げちゃったから隕石がどこに行ったのかも、誰に当たったのかも分からなくてね。あなたを探すのに苦労したわ!」
「少しだけ時間が経過したせいで、私が光一を見つけた時には、意図しない体に転生してしまっていたのよ!」
女神の表情は子供が宝探しの宝を見つけた時のように、自慢げだった。
「見つけてあげたんだから感謝しなさい!」
とまるで達成感に満ちたトーンで話した。
「ちなみにだけど。ヒカルって言ったかしら。その子は食べたネズミの病原体が原因で死亡したわ! 豆知識ね!」「光一は運良くその子と入れ替わりで転生出来たのね!」
「ええっ!? 僕は本当は奴隷じゃ無かったの!?じゃあ全然運良く無いじゃん……」
アストライアからの矢継ぎ早の衝撃的な事実に、光一は足元から力が抜け、その場に膝をついた。
「うん、ごめんね? でも、その代わりに特典をアップグレードしてあげるから、許して?」
アストライアの声は悪びれることなく、光一の頭を撫でながら、彼女は純粋な笑顔でそう言った。
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