第1話 奴隷

 「一体何が起こったんだ? それに……ここはどこだ?」

 その声には幼さが垣間見えた。光一の眼は大きく見開かれ、首を傾げ、驚きと困惑が混ざった顔をしていた。


 その瞬間、隣に立っていた少年が口を開いた。

 「おいヒカル、頭おかしくなったのか? それとも蹴られたのにまだ寝ぼけてんのか?」


 「ヒカル、俺たちと一緒に暮らして来たここを忘れたのか?」

 もう一人の少年も同様に不審そうに彼を見つめた。それぞれの少年の表情からは軽い怒りと困惑が読み取れた。


 「ヒカル……それは僕のこと?」(んっ? 俺は今、僕と言ったか?)

 と、光一は自分に対して聞き覚えのない名前を呼ぶ少年たちに聞き返した。


 「……何を当たり前の事言ってるんだよ。はぁー、もしかして、俺たちの事も思い出せないのか? いいか、よく聞けよ? お前の名前はヒ・カ・ル。俺はジ・ン、こっちはク・リッ・プだ」

赤髪の少年、ジンは指をさしながら名前を強調した。


 ジンの赤い髪は炎を思わせる鮮やかさで、その目つきは厳しく、体格は小柄だった。

 一方、クリップはジンより頭一つ背が高く、茶色の髪でパーマのような自然なウェーブがかかっている。


 「そして、ここは奴隷小屋だぞ。俺たちはここで育てられ、働かされてんだ!」

 ジンが怒りに満ちた声で言った。


 その言葉を聞いたヒカルは、一瞬言葉を失い、その後、驚きと恐怖で体が震え始めた。奴隷? 自分が奴隷? それはすぐには信じられず、全く現実感がなかった。


 ジンの表情は厳しくなり、声も堅くなった。

 「俺たちは赤ん坊の頃からここで育ったんだ。親の顔なんて見たこともない」

 

 それにクリップが、悲しげな目をして付け加えた。

 「そうだよ。ヒカルもそうだろ? まだ思い出せないのかよ」


 その言葉に、ヒカルは途方に暮れた。

 「でも、ここにいたことなんて覚えてない。どうして……」


 それを聞いたジンが、呆れた声で言った。

 「はぁ〜? お前とは昨日までずっと一緒だったんだぞ?」


 クリップは心配そうに、ヒカルの肩を揺さぶりながら言った。

 「ヒカル、大丈夫か?」


 ヒカルは混乱を深めていた。ジンとクリップと名乗る少年たちが嘘をついているとはとても思えない。しかし、彼らと一緒に暮らしていたという記憶も全くない。隕石と死を目前にした、あの瞬間以降の記憶が一切ないのだ。



 「もしかして、お前……昨日食べた死んでたネズミが当たったんじゃないか?」

 ジンが顔をしかめ、あざ笑うように尋ねる。


 「ネズミ!?」

 ヒカルは思わずジンの方をパッと向いて、目を見開いて驚いた。


 「ここではネズミを食べるのかよ!」



 ジンとクリップは互いに見つめてから、クリップがからかうように言った。

「お前いつもうまそうに食べてるだろ? 俺たちは食べないけどな」

 彼は片眉を上げ、口元には皮肉めいた笑みが広がっていた。


 ヒカルは部屋を見渡しながら、夢かも知れないとその欠片を探そうとしたが、ホコリと汗臭い匂いと夢にしては明瞭すぎる視界に、どうやらここは現実らしいと理解はしても、心が受け入れようとしなかった。


 「俺、本当にここで暮らしてたのかな……」

 ヒカルはつぶやいた。声は不安と混乱に揺らいでいた。


 ジンはイラついた表情で言った。

 「まったく、うるさいぞヒカル。てか、お前自分のこと俺とか言わなかっただろ? ホントどうしたんだよ」


 ヒカルは何も言わず、ただうつむいて沈黙した。奴隷であること、ネズミを食べること……これが今のヒカルの現実らしい。そして、ある事に気づいた。


 「えっ!!! 手……手が小さい!!!」

 ヒカルは驚愕の声を上げ、子供のように小さくなっていた手を見つめた。手だけではなく、腕も足も体全体が子供のようになっていた。


 ジンは眉をひそめて言った。

 「……なに言ってんだよ。子供なんだから当たり前だろ? 本当に頭おかしくなったんじゃないか?」


 クリップは耳たぶを弄ると

 「でもまあ、早く思い出せよ! それに今は奴隷でも俺たちはこれから絶対に強くなって、ここから逃げ出すんだ!」

 彼は言葉を強調するように拳を突き上げた。


 クリップの言葉がヒカルに元気を与えた。そうだ、状況を整理するためにも、まずはここで生き延びることが最優先だ。


 「とりあえず、今の話は置いておくとして、今日の朝食は……何?」

 と、ヒカルは尋ねた。酷くお腹が空いていたからだ。


 「今日はラッキー! ネズミじゃなくて、カエルだ!」ジンは得意げに言った。


 しかし、クリップはヒカルに向かって言った。

 「ヒカルの分は俺たちがもう食べたから無いけどな」

 彼の口元には微笑が浮かんでいた。

 


 ヒカルは苦笑するしかなかった。

(お腹が空いているとはいえ、流石にこの状況で朝食にカエルはキツイな。むしろ無くてよかった)


「ヤバイ! 話し込んでる場合じゃなかった。もう仕事の時間だから早く始めないとドメフに何されるか分からないぞ! 付いてこい!」


 そう言うとジンはドアに向かって駆け出した。

 

 まだまだ聞きたいこともあったが、ヒカルはジンとクリップ達とに付いて行くのだった。

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