応接室にて

 店長と、なぜか大原さんも一緒に、『応接室』にやってきた。店長が扉を三回ノックする。

「社長。竹田さんに来てもらいました」

 ちょっと待って店長、心の準備がまだだって。

「はいはいどうぞどうぞ」

 私の緊張も知らずに軽快に開く扉。

「どうもこんにちは、ワタシはボスです」

 頭に思い浮かんだのは、『この街みんなのおとなりさん』と、ちょっと変わった字で書かれたスローガン。この人の文字だとすると、なんかとてもしっくりくる。

 多分若めの、女の人。ていうか年齢不詳。社長って言うから、いかにもお偉いさんみたいな、重鎮じゅうちん、って感じの人を想像していたので、先入観が邪魔して年齢がわからない。

 店長と大原さんはいつの間にかいなくなっている。

 部屋のすみ麻雀まーじゃんたくが置いてある。大原さんと社長と、あと二人誰かいたらしいのは、お酒らしきものが入ったグラスが四つあるところからわかる。

「どうぞどうぞ、すわっててください。ここ」

 勧められるまま、よく沈む柔らかいソファに座った。

 社長はすらりと背が高くて、姿勢が良い。派手な顔立ちだけど、メイク自体は薄そうだ。

 切れ長の目に、じっと見つめられる。

「あの、社長直々にお話があるって」

 伺ったんですけど、と言う前に食い気味に社長が喋りだす。

「正社員、なりますか? CS部門つくります。正社員になって、新設するCS部門のチーフしてほしいです」

 発音は完璧なんだけど、その話し方はどことなくアニメとかの中国人キャラを彷彿ほうふつとする。

「増やしますよ」

 ボスは親指と人差し指で丸を作った。

「CS、つまりカスタマーサービス向上目的の部署。品出ししない。レジとか接客専門。竹田さん、よいはたらきしてるから、CS部門のチーフしてほしいです。お給料はね」

 指を立てて、このくらい、と教えてくれる。

 ――今のバイトの時給では到底到達できない金額だ。

 接客専門で、品出しはしないって。好条件すぎる。あり寄りのありかも……。

 思わず口のゆるんだ私をたしなめるように、「でも」とボスは固い表情をした。

「アルバイトと違う。勤務時間長くなる。残業も発生する。責任が伴う。チーフだと、その他の社員やアルバイトたちまとめなければならない」

 社長は指でコツコツと机を叩きながら一つずつ、私の目を覗き込んで問いかけるように言う。

 学生のときのアルバイトをそのまま続けてフリーターになったクチだから、就活なんてしたことがない。なんとなく目の前の生活だけをしてきた私に、突如として現れた選択肢は、好条件のはずなのに迷いが生じる。

 決して、残業や責任が嫌なわけじゃない。

 ただ、今まで部屋の中に閉じ込めていたモノを、いきなり引っ張り出して白日はくじつもとさらされたような、よくわからない気分だ。

「――竹田さん、夢ある?」

「へ? 夢?」

 あまりにも唐突な質問。夢? ここにきて、夢の話? それも、将来の方の。

「はい。夢です。自分の人生の手綱たづなを握る。それが、夢を持つということ。それを踏まえて答えだしてください」

 社長は、今月末までに考えてくれたら良い、と決して長くはない期限を私に突きつけた。

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