インフルエンサーに転身

 店長、マサキショウくんのお母さんとお会いしましたよ。多分、ですけど、絶対そうです。レジにいらしたんですよ。買い物かごに、彼の好物をたくさん入れて。普段は仕事でいそがしいっておっしゃってたんで、ネットスーパーをおすすめしておきました。

 すぐにでも伝えたいところなのだけど、今日は店長はお休み。

 店長、お子さんとのこどもの日、めいっぱい楽しんでください。


 昼過ぎにはシフトを上がり、家でひとり退屈していた私は、ツイッターをぼーっと眺めていた。

 自分は滅多めったにツイートしないけれど、知らない人のツイートや写真がとめどなく流れる様子は、買い物かごをひたすら眺めるスーパーのレジみたいで、見ていて楽しい。

[びわをつまみにワインなう]

 昼からとんでもない誘惑。びわ安くなってたし、買って帰って来たら良かった。

[すげえでかいへそのゴマ取れた]

 全世界に発信されるへそのごま。てかこれ、フォローしてる高校の同級生のツイートだ。[おへその穴にオイル垂らしてお風呂入ったらめっちゃ取れるよね]と、リプ送信。

[この季節服装ムズい! 暑いか寒いかどっちかにしろ!]

 わかるわかる。暑くなり始めると思って身構えてたら案外寒かったりするんだよね。

[こどもの日なのでシルバニアファミリーぶどうの森のお家を実際に作って住んでみた]

 とんでもないのがいるのもネットの世界。

――でもきっと、レジで出会っている人たちも蓋を開けてみるとすごい人たちばかりなのかもしれない。

 妹尾さんは天才ネイリストだし、春子さんは芸術家であり私の美術の先生で、かっこいいお母さん。スプーンおじさんは大株主のお金持ち――あの人は『なんか只者ただものじゃない』感バシバシ出してるけれど。


 手繰たぐせるタイムライン上で、一枚の写真と短文のツイートに目が止まった。いいねが一万に届こうとしている。

[築四十年の四畳半よじょうはんワンルームに住む女優のたまご]

 アパートの一室に、大の字になって寝転ぶ人の写真。

 暗い緑色の壁や不便そうな中途半端サイズの窓が、確かに築四十年という感じ。

 布団とソファを置いてしまえばそれだけでぎゅうぎゅうになりそうな狭い和室。

 畳に敷かれた毛足けあしの短い緑色のラグの上に四肢ししを投げ出して横たわる人は、グレーの半袖Tシャツに黒のスウェットパンツというパジャマ同然の姿。

 その写真をバズらせたのは、そのラフな格好の『女優の卵』があまりにもカッコイイ、というか、綺麗、というか、男性? 女性? って感じの、部屋とは対照的すぎる非凡なルックスだろう。というか、そうに違いない。

 まず体のほとんどが脚。細くて長い脚。シンプルなスウェットパンツは私も持ってるけど、こうはならない。

 グレーのシャツと黒いパンツの境目さかいめからちらりと覗く腹筋。同性のはずなのに思わず目を奪われ、ドキドキしてしまう。

 Tシャツの肩は女性の割には広くかくばっていて、長くて白い腕もすじっぽい点が男性にも見える要因なんだろうけど、それが妙に色っぽい。

 そして何より、目を閉じているのに美人だってわかる小さな顔。

 少しあどけない感じもある、美少年みたいな、美少女みたいな顔の――ヒイラギさんをナンパしてた人だ。

 そのツイートには、[爆イケ(メン)美女]とか[私女だけど貢ぎたい]とか[踏まれたい]とか、たくさんのリプライが付いていた。

 淡海おうみ有紗ありさというらしいその人のプロフィール欄を見ると、フォローは百人もいないのに対してフォロワーは二万人近く。

 ――淡海さんの固定ツイートは、もっとバズっている。いいねが四万。

[おとなりさん]とだけ書かれたツイートに、写真が二枚添えられている。

 一枚は、くすみブルーのタイトなニットワンピースの後ろ姿。

 もう一枚は、美男美女もとい美女二人が先ほどの古びた和室で仲睦なかむつまじくピザを囲っている。

 都会的な雰囲気の一枚目に対し、二枚目は二人とも部屋着でゆるい感じだ。

 けん甲骨こうこつあたりまでのゆるいパーマの茶髪、華奢なスタイルの、いかにも美人の後ろ姿。

 その美人が二枚目では、ひっつめ髪で顔をクシャクシャにして笑っている。綺麗と可愛いの欲ばりセットみたいな顔。

 髪が少し伸びてるし、ほとんどすっぴんに近いけれど、明らかにそれはヒイラギさんだ。

 写真にタグ付けされたユーザー名は『椿つばきよしの』で、もう絶対確実にヒイラギさんだ。

 椿よしのさんのプロフィールを見ると、つい三か月前アカウントが作成されたことがわかる。にも関わらず、フォロワーは一万人。プロフィールは特に何も書いていないけれど、最近アカウントが作成された割にはたくさんのツイートがされている。

 そのほとんどは、匿名とくめいで質問できるウェブサービス『質問箱しつもんばこ』を通して投げかけられた恋愛相談に対しての回答だった。

[仕事が忙しいと言う彼氏に、なかなか会ってもらえません。ラインしても二日くらい経ってから返ってきたり、返ってこなかったりです。彼は大手企業の営業をしていて忙しいことは間違いないと思うので私が我慢するべきだと思うのですが、椿さんならどうされますか?]

 椿さんは答える。

[まず結論から。別れましょう。大事にしてくれない男にく時間はあまりにも無駄です。理由まず一つ目、『会ってもらえない』という言葉が出る時点であなたと恋人は対等ではなく、関係が適切に築かれていません。そして二つ目、あなた自身もそうだと思いますが、好きな人からの連絡には遅くなろうと必ず返事をするものです。返事がなかったりするのは相手に気持ちがないことの裏返しといってもほとんど差し支えないでしょう。三つ目、一流の営業マンなら必ず返事は二十四時間以内。あなたの彼氏さんは大手企業にしがみついているへっぽこ営業マンですよ。某総合商社の営業をしていた私が保証します。恋人を想う健気けなげで可愛いあなたのことを大事にしない未来の万年平社員に何の価値があるのですか?]

 辛辣しんらつ。でも最後は女の子をフォローする姿勢が、なんとも心強い味方という感じ。

 その一刀両断いっとうりょうだんする痛快さがウケて恋愛相談に答えたツイートを集めて、更にエッセイも添えたものを書籍化しないかという声が、出版社からかかっているのだそう。

 何がなんやらと思ってヒイラギさんのツイートをさかのぼると、私がナンパだと思っていたアレは、劇団に入らないかという勧誘だったらしい。

 最初は断っていたけれど、淡海さんがあまりに熱心に口説くものだから、話を聞くだけと思っていたのがあれよあれよと言う間に劇団に所属することになり、おとなりに引っ越すことになり、そしてインフルエンサーデビューと相成あいなりました、と。

 なんかほんと、人生何があるかわからないってカンジ……。

 私は柊さん改め椿さんをフォローして、ツイッターを閉じた。

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