ポリッシュネイル

 私は、家にあるビールを総動員して体内に納めていた。妹尾さんはというと、一缶ひとかんのハイボールをゆっくり大事に飲んでいる。

「妹尾さんがネイルサロン開いたらさ、私を一番はじめのお客さんにしてね」

「最初からそのつもり。法外な値段ふっかけてやる」

「適正価格でお願いします」

 アルコールが染み渡る。今なら五臓ごぞう六腑ろっぷの場所が正確にわかりそうだ。

 未来のネイリストが突然「ポリッシュ持ってないの?」と聞いてきたので、半年くらい前に買ったマニキュアを引っ張り出した。

 赤、青、白、緑、黄の五色セットで、元々二千円くらいのものが千円になったお得感で買ったものの、明るい原色げんしょくを使いこなせる気がしなくて、未開封のままタンスのやしにしていた。

「予行演習させてよ」

 そう言われたときにはすでに何やら作業が始まっていて、指先をウエットティッシュで拭き取られたかと思ったら、次にはもう爪に色が乗っていった。

 左手にベースの色を塗り、右手にも塗り、その間に乾いた左手に、今度は模様もようれる。さすがの手際の良さ、と言いたいところだけれども、他人に塗るのは慣れていないらしく時折手間取っていた。

 天才ネイリストの卵は、「いつもはジェルだもん、ポリッシュ難しい」とぶつくさ言いながら私の指とにらめっこする。

 そうして出来上がったのは、青地あおじに大小様々な白い花の模様のネイル。花の中心の黄色がアクセントになっている。

 仕上げにトップコートが塗られると、自分の爪じゃないみたいにツヤツヤピカピカに可愛くなった。

「すごい……めっちゃくちゃ可愛い! すごいよ妹尾さん! ありがとう!」

「暴れたらヨレちゃうから乾くまでじっとしてて」

「トイレ行きたくなってきた」

「マジでそれはダメ」

「あとめちゃくちゃ可愛くて嬉しいんだけど、うちのバイトだめなんだよね、ネイル」

「じゃあ次のシフトまでに落として。ポリッシュは簡単にオフできるのが良い所なんだから」

「ええー! もったいない!」

「私が店開いたらいくらでもやったげるよ」

 妹尾さんはようやく二缶目に手を伸ばし、長い爪でどうやってるんだろうと不思議になるくらい器用に開けた。

 ぷしゅ、と小気味こぎみい音が部屋に響く。

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