晩酌

 店長と与野駅で分かれ、駅前の広場で妹尾さんと二人立ち尽くしていた。というより、呆然とする私の横に妹尾さんが静かに寄り添ってくれていた。

 ネグレクト。虐待の一種だってことくらいは知っている。けど、それ以外のことは何も知らない。

「竹田さん、明日朝からなんか予定ある?」

「えっ、ないです、けど……」

 不意をつかれて思わず敬語で返してしまった。

 妹尾さんは飄々としている。

「じゃ飲もーよ」

「えっ」

「なに? この私の誘いを断るっていうの?」

「あ、いや、飲もう。うん」


 近くのスーパーは軒並のきなみ閉まっているし、ヴィチナートまで買いに行くのも何となくはばかられたので、近くのコンビニで、お酒やおつまみを調達した。

 駅までわざわざ送ってくれた店長の親心を無碍むげにするのも申し訳なくて、私の家で飲むことになった。


「ネグレクト……って、言ってたよね。私、少年のこと全然わかってなかった……」

 我が家へ向かう道すがら気が緩んだのか、口からこぼれ落ちる。

「わかってなかった、って、なにが?」

 妹尾さんはお腹が空いているのか、するめの袋をフライングして開けていた。

「少年がかかえる事情、とか……」

「とか?」

 妹尾さんは口をモグモグさせながら私の顔を覗き込む。

「それ知ってたら、何になるの? 別に他人なんだからわかんなくて当たり前じゃない? 赤の他人に対してこんなお節介、何も知らないからできるんじゃん」

 妹尾さんの軽い口調に、重苦しい気持ちが少しマシになる。

「まずくなかったかな?」

 これ? と、妹尾さんは口にくわえたするめを指差す。それから「おいしいよ」と私にも食べさせようとしてくる。

「児童相談所に通報なんて」と付け足すと、妹尾さんは「わかんない」と、あっけらかんと答えた。

「結果良かったか良くなかったかは多分、来週とか来月とかにわかるようなものじゃないんじゃない? 親子関係なんて、そんなもんじゃん? ――でもさ」

 妹尾さんが野良猫を指差す。爪をかざてるラインストーンの輝きが目を引いた。

「でも?」

「私さ、他人はどこまでも他人で、他人が何をしようがどうなろうがどうでもいいし、逆に、他人からはほっといてほしいと思ってた。今のご時世みんなそうなるべきだって思ってた。けどなんか……なんか上手く言えないけど……竹田さんのそういうとこ、すごいと思う」

 いきなり褒められた私はなんだか居ても立っても居られなくなった。とりあえず妹尾さんの肩を小突こづくと、「なに、照れての?」と茶化ちゃかされた。

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