お手上げカップ麺
「ここ最近毎日晩御飯にカップ麺買ってく人に、お野菜を食べさせたい、って?」
店長は眉間にしわを寄せて、あからさまに怪訝そうな顔をした。
「あ、またお節介って思いました?」
眼鏡を外して小さくなった目をこすりながら「思ってないですよ、そんなこと」なんてデタラメを言う。
「与野国際中……って学校知ってます? そこの子なんですけど」
「与野国際中等教育学校ね。高校受験もないし学費もかからないって、うちの妻が興味持ってたなあ。――そこの子に、お野菜を食べさせたいの?」
「はい。あとお肉も」
更に
「中学一年生か……僕の娘の同級生だ」
店長は心配そうに呟く。
まだ具体的に何をしてあげられるかは思いついていないけれど、何かせずにはいられない。何かをしないといけない。焦燥感に
――ふと私は、顔も知らない妹尾さんに手を差し伸べた春子さんのことを思い出した。
そうだ、大人が本気を出せば、全然関係のない人間一人の人生を変えることだってできるんだ。
生意気な少年に、大人の力というものを見せつけてやる。
次の日、いつも通り店に来た少年に、それとなく名前を聞いてみた。今日は制服を着ていない。普段着の少年は、まだまだ小学生に見える。
「なんでおばさんにそんなこと教えなきゃいけないの」
想像通りの回答。
このご時世どんな人間がいるかわからないから、警戒心なんていくらあってもいいですからね、と何処かで聞いたお笑い芸人のネタが頭の中を駆け巡る。
――次の手だ。
少年が店に来た正確な時刻を覚えておいたので、店長と一緒にその日時の監視カメラを確認した。少年が来た時刻の前後十分間、四つの出入り口分を早送りで確認する。
「あ、店長ストップストップ! この少年ですよ!」
くたびれたボーダーのTシャツを着た小柄な少年が、すたすたと店に入ってくるのがばっちり映っている。
「ほう。随分小柄そうだね」
映像は鮮明だけど、少年は下を向いて歩いていて、顔が全く映っていない。
「念のため、うちの妻にもこの子に見覚えはないか、確かめてみるよ」
「お願いします」
確かめてもらうまでの間に、次の手。
「いらっしゃいませ、こんばんは。商品お預かりします」
ここ最近は毎日同じ時間にシフトに入って、必ず少年とエンカウントするようにしていた。少年もまた、必ず私のレジに来てくれる。
「お客様、キャンペーンのご案内をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
少年はきょとんとしている。いきなり他のお客さんとおなじように呼びかけられて、びっくりしているのだろう。
「毎日のお買い物にぴったりな、会員カードはいかがでしょうか? 今なら初回ボーナスで百ポイントプレゼントさせていただいているのですが」
「一ポイント貯めるのにいくらかかるの?」
さすが中学受験経験者、少年、
「……三百円につき一ポイントです」
「じゃあいらない。僕、一日に二百円くらいしか使わないし」
そう。少年の毎日の買い物は、ポイントの付与対象にならない。君、賢いなあ。
会員カードの裏面に名前を書いてもらう作戦だったけれど、これもあえなく失敗。
店長の奥さんからも、もう少し調べてみないとわからないと言われたみたいだし、お手上げかも……。
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