少年よ、野菜を食べろ

 新年度。この季節、一番好き。

 短大を卒業して丸三年が経ち、フリーターの私にはもはや関係ないんだけど、気持ちが勝手にワクワクしてしまう。

 よく見る顔のサラリーマンの人たちはみんないつも通りクタクタだけど、パリッとしたリクルートスーツの同い年くらいの人たちや、新しい制服に身を包んだ学生の姿もあって、新鮮な気持ちにならない方が難しい。

 この春引っ越してきました、みたいな顔ぶれもいくつかある中、見慣れない服の上に見慣れた顔が乗っかってるのを見つけた。

「あらら、立派な制服をお召しで」

 ピカピカの制服を着た、例の少年。小学校三年生くらいかと思っていた。まさか中学生になる歳だったとは。

「でも食べるものは相変わらずカップ麺なんだね。もういい加減ツッコむネタもなくなってきたよ」

「じゃあほっといてくれたらいいじゃん」

「それじゃ君の晩ごはんはずっとカップ麺のまま、でもって制服はずっとブカブカのままだよ?」

「だから成長期には伸びるんだってば」

 憎まれ口を叩きながら毎日私のレジに並ぶ少年が、可愛くないと言えば嘘になる。大嘘だ。

 このやりとりだって今のところクレームはおろか店長にもまだ怒られたりはしていないし、正直楽しい。

 でも、妹尾さんが言ってたことが引っかかる。そう言えばあのスプーンおじさんも気にしてた。

 この子は毎日こんな食生活で、親御おやごさんはそれで良しとしているの?

「あまり見慣れない制服だけど、君もしかしていいとこの私立に通ってるの?」

「何でそんなことおばさんに教えなきゃいけないんだよ。言わないもんね」

 口のはしと目尻を指で思いっきり下に引っ張って全力で憎たらしい顔を作り、カップ麺を脇に挟んで帰っていった。

 クソガキ、ちゃんと前向いて帰るんだよ。


「あの子と仲良しなんですね」

 落ち着いた男性の声で話しかけられ、私はハッとする。

「いらっしゃいませ、こんばんは。大変失礼いたしました」

 クソガキ、もとい少年のへんがおに気を取られて、お客さんが並んでいることに気づいていなかった。慌てて頭を下げる。

「いえいえ、こちらこそ、うちの生徒が失礼なことをしているようで、すみません」

 顔を上げると、苦笑いのそうさんが、本日の特売品の鶏胸肉が大量に入った買い物カゴをレジ台に載せていた。

「うちの生徒、ってことは、あの子が通ってる学校の先生をされてるんですか?」

「ええ。埼玉さいたま県立けんりつ与野よの国際こくさい中等ちゅうとう教育きょういく学校がっこうっていう、最近できた公立の中高一貫校なんです」

 なんか長ったらしくて難しい名前の学校だ。

「あの子はよくこちらのお店に?」

「そうなんです。いつもカップ麺を買っていくんですよ。ここ二ヶ月くらいほぼ毎晩」

 聡真さんは眉間にしわを寄せて「毎晩カップ麺」とつぶやく。

「あの子の名前はご存知ですか?」

「すみません、それがわからなくて……」

 そうですか、と聡真さんは肩を落とし、それから「お時間頂戴してすみませんでした」と頭も下げた。

 学校の先生が顔をしかめるくらいなんだから、やっぱり少年の食生活はどうにかしないといけないんだ。少年はこれから背が伸びるって言ってるけど、カップ麺じゃ伸びるのは麺だけ。

 大体、カップ麺のあのジャンキーな美味しさは、大人になってからこそわかるというもの。

――少年よ、待ってろよ。明日にでも野菜を食べさせてやる。

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