やきもち

 竹田さんがちっさい男の子とやけに楽しそうに話してる。

 ちょっと、後ろつっかえてるってば。まあ、並んでるのは私しかいないんだけど。

 二人の会話に聞き耳立ててやる。

「僕、好きな食べ物とかないの?」

「あるよ。マシュマロ、バナナ、プリン、焼きそば」

「あらまー、かわいいでちゅね」

「おえ、気持ち悪」

 気持ち悪いは同意。にしても随分仲良さそうじゃん。

 竹田さんって誰に対してもこんな感じなんだな。そういや個展のときも男の人と仲良さそうに喋ってた。誰にでも優しくて誰とでも仲良くなる。

「じゃーねおばさん、ばいばい」

「ありがとうございました。明日こそ野菜とか食べるんだよ」

 少年の細い後ろ姿が遠ざかる。パタパタと音を立てるスニーカーが汚い。

「いらっしゃいませ、こんばんは。お待たせいたしました」

「ホントめっちゃ待った。クレーム出そっかな」

「大変失礼いたしました。それだけはご勘弁をお願い申し上げます」

 いけしゃあしゃあと。

「――あの子、よく来るの?」

「そうですね。よく来てくれますよ」

 竹田さんは外で会うと馴れ馴れしくタメ口で話しかけてくるけど、レジではきちんと敬語を使う。

 でもさっきの少年にはタメ口じゃなかった?

「へー。懐かれてんねー」

 竹田さんが不思議そうな顔をする。この人は、人と仲良くなるのが上手すぎて、かえって他人の好意にうといっぽい。博愛主義ってやつ? キャバクラやガールズバーでも、こういうタイプはガンガンお客を掴むけれど、スルスルと逃しもする。

 めちゃくちゃ優しいし、いつだってとびっきりの笑顔を向けてくれるけど、自分は特別じゃないんだってことがすぐにわかっちゃうんだろうな。

 客ども。今なら少しだけ、あんたらの気持ちわかるよ。

「こんな時間にあんな小さい子が一人でスーパー来てカップ麺買ってくなんて、親はどーしてんだろね。どくおや? スニーカーも汚すぎて、何年履き続けてんのって感じだったし」

 わざと無遠慮ぶえんりょな言葉を選んだから怒られるかもって思ったけど、意外にも竹田さんは一瞬押し黙って考え込む顔をした。

「……やっぱり、おかしいですよね」

 そんな真剣な顔できるんだ。

「まあよくある話なんじゃないの」

 みんながそうってわけじゃないけど、夜職よるしょくしてたら結構普通にいる。別に珍しいものでもない。ていうか、家のことなんて他人ひとにあけすけに話すもんでもないし、割とみんな蓋をあけると意外とやばかったりするんじゃないの?

「そうなんですね……」

 レジ、早くしてよ。手、止まってるんですけど。

 竹田さんはめちゃくちゃ難しい顔をして考え込んでいる。

――ホント竹田さんは、誰のことでも気にかけるんだから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る