耄碌爺のひとりごと

「おばさん、ぼく今日は辛口食べるよ」

「へえ! それより野菜とか肉とか食べないと、背が伸びないですよ?」

「うるさいなー。そのうち伸びるし」

 仲良きことは美しきかな。

 今、私は竹田たけだ女史じょしのレジに並んでいる。竹田女史は小さな子どもの心も掴んで離さないらしい。

 誰とでも打ち解けられるとは、やはり彼女は文句なしに、将来有望な占い師の卵である。

「いらっしゃいませ、こんばんは」

「どうもどうも。あの少年は随分口が悪いですな。でもそれだけ、あなたに心を開いている」

 竹田氏はなんともなさそうな様子で、「そうですかね」と笑っている。

「あの少年は、長いことこのお店に通っているというわけではないのですよね?」

「そうなんです。このお店に来てくれるようになったのはここ最近なんですよ」

「なるほど。随分と仲が良さそうですが、ということは毎日あなたのレジに並んでいるのでは?」

「そうなんです。ここ一週間、私がこの時間帯にシフトに入っている日は毎日あの子と喋ってます」

 なるほどなるほど。これはどうも、私の勘が働く。

「少年のご家族は、一体――いや、失礼。思わず興味本位で」

「ご家族、ですか……」

 怪しいものではありません、と言いたいところ。しかし、元占い師、現無職の孤独な老人など怪しさ満点であろう。

 未来の私の弟子といえど、今はスーパーのいち従業員の彼女に、他の客のプライバシーを話させてしまうのは良くない。

 それに私はそんなことを聞かずとも、元占い師として、そして元少年として、少年の置かれている状況は、察するに余りある。


 少年の周りには、彼のことを気にかけるような大人がいないのであろう。子供の周りにいる大人というのはおおむね、教師、親、以上。である。

 私は少年の口が悪いと言いはしたが、口調そのものが乱れているわけではない。その点から、少年の素行そこうは特に悪いわけではなさそうであると考えられる。教師からすると手のかからない子。

 あの手の子どもは大抵、学校ではそれなりにお行儀良くしているのだ。

 それはなぜか? 学校で問題を起こすと親に叱られるから? 学校で良い子にしていないと褒められないから?

 いいや恐らくどちらも微妙に違う。ただ静かに、親に迷惑をかけないよう、心配をかけないように振る舞っている、といったところであろう。

 叱る、褒めるというのは親の愛である。子どもというのは親に迷惑をかけ、心配をかけて育つ。悪いことをして心配をかければ叱られ、良いことをすれば褒められる。

 それがない少年は、自覚があろうがなかろうが、親からの愛にえているのだ。でなければ、いち店員に過ぎない竹田氏にあんなにも甘えたりはしない。

 ではなぜ少年は親の愛に飢えているのか? きっと彼の親もまた、子への愛の注ぎ方を知らないのだろう。


――と、いうのは、暇な老人の妄想である。

 店員と仲の良い、微笑ましい少年。それだけであろう。

 孤独なのは私だけで良い。私は資産と時間を持て余した、ただの耄碌もうろくジジイ。地位も名誉も超能力も無縁の、凄腕の元インチキ占い師。

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