餃子、枝豆、カルピスで乾杯

 餃子、枝豆、カルピス。限りある命。よわい七十三。この歳になると毎食が最期の晩餐ばんさんだ。なんていうのはもちろん比喩ひゆ表現で、私の体は至って健康。資産も充分。精神面は、毎日の散歩と適度なコミュニケーションで、落ち込み知らずである。


「――スプーン、ですか?」

 私はスーパーやコンビニの買い物では必ずスプーンを付けてもらう。すると店員は必ず聞き返してくるので、私は決まって最低限の言葉で返す。

「はい。スプーンを、付けてください」

 ネットスーパーなどは使わず、歩いて店に出向く。そして、店員との最低限のやり取り。心身ともに元気でいるための秘訣ひけつと言っても過言ではない。

 しかし、私は人様に迷惑をかけるような無粋な老人ではない。その証拠に、スプーンですか、はいスプーンです、以上のやり取りはしない。

 人と接することで自分が紛れもなく社会の一員であることを再認識できる。非常にありがたい。

 まあつまり、私は孤独な老人なのである。


 しかし、その日は違った。

「スプーンお付けしておきますね」

 唐揚げ、焼きそば、ジンジャーエール。

 本日の、最期の晩餐。

 私は毎回できるだけ違う店員のレジに並ぶようにしている。理由はシンプル。その方が色んなタイプの人間を見ることができて、面白いから。

 このスーパーはかなり大きな店で、来店客数はかなり多い。顔を覚えられた? そんなまさか。他人ひと他人たにんに興味がない。

――だから私は老後食うに困らないほど稼ぐことができた。

 何を隠そう、この私は元売れっ子占い師。

 心理学の技術『コールドリーディング』を駆使くしして、何人もの迷える子羊を導いてきた。

 人類みな一番の関心事はおのれのこと。金さえ払えば時間内は自分のことだけを見て、理解してくれる(ように感じる)占い師という職業は、皆等しく孤独な現代人という生き物にとって、生きるのに不可欠なインフラと言っても過言ではない。

「店員さん、どうして私がスプーンをお願いしようとしたのがわかったのですか?」

 聞かずにはいられなかった。私の後ろには誰も並んでいない。これくらいは許してほしい。

「いつもスプーンを付けるようにとおっしゃるので」

 なるほど、よく覚えているな。感心する。

「うちによく来られるようになったのはここ最近ですよね? 初めてレジをさせていただいたのはお正月くらいだったかと思います」

「ほう! よくご存知で。私がこのお店に通い始めたのは、クリスマスくらいからですね」

「いつもありがとうございます。確か、初めて私のレジに来られたときは、プリン、お好み焼き、オレンジジュースを買われていました。そのときはプリンのためのスプーンなのかと思っていたんですけど、二度目は餃子と納豆にスプーンだったので……スプーンがお好きなのかと」

 こともなげに言うが、その口ぶりはまるで記憶違いは絶対にないと確信しているようですらある。

 この店員――竹田氏は、とんでもない才能を持っているに違いない。

 例えばそう、占い師なんかはとびきり向いている。

 他人を観察して相手の無意識の領域に入り込んでいくには観察力が必須であるし、他人に興味を持って接することは占いに最重要な信頼関係の構築に最も役に立つ。記憶力が良いのは間違いなさそうだが、それ以上にこの自信に溢れた口調。これは一朝一夕いっちょういっせきでは身につかない。まさに才能。

――私は素晴らしいことを思いついた。竹田氏を占い師に育て上げれば間違いなく売れっ子になるだろう。そして私は、売れっ子占い師の育ての親。

 実績を作って占い師養成稼業かぎょう、か。なるほど悪くない。ビジネスはスモールスタート、トライアンドエラー。

 最初は占い師養成講座から初めて、徐々に規模を大きく。行く末は占い師専門学校。

 老い先短い? そんなこたぁない。人生いつでもここからが本番。いま以降、死ぬまで続く明るい未来に、今夜は乾杯としよう。

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