とにかく!細かい作業が嫌い!

 この品出しってやつだけはどうもいけ好かない。やることは地味だし、やってるうちに「これやったっけ?」ってなってよくわからなくなる。

 物は人と違って喋らないから覚えられない。ぼんやりした記憶を頼りに商品を並べるから、さぼってるわけじゃないのに全然作業が進まない。

 やってられるか、と心の中で悪態をつく。

「竹田さん、どうも、お仕事お疲れさまです」

 しゃがんで棚の下の方の陳列ちんれつをしていると、頭の上で声が聞こえてきた。

 しびれそうな脚をヨイショと伸ばして声の出どころに顔を向けると、ダッフルコートに身を包んだ聡真さんがいた。

「こ、こんにちは、いらっしゃいませ」

 配達のときやレジで出会ったときの、無愛想なイメージが強くて、ニコニコと愛想の良い顔を向けられると少しドギマギしてしまう。

「母からは、竹田さんはいつもレジにいらっしゃると聞いていたんですけど、こういうお仕事もされるんですね」

「ええ、まあ、そうですね。私としてはレジの方が好きで、一人で淡々と作業しないといけない品出しは苦手なんですけど」

 聡真さんは次の言葉をソワソワと探しているような様子で、やっぱり話すのは得意ではないみたいだ。

「――あ……あの……、母は、竹田さんとお話できるのがとても楽しかったようです」

「それはとても嬉しいです。でも春子さん、いつもご来店のときは、人を探されている様子でした。このお店は春子さんのお家から近くはないようでしたし――今になって思えば、聡真さんを探されてたんじゃないでしょうか」

 押し黙って視線を泳がせる顔が、ヒデトさんにそっくりだ。顔をそむけたくなってしまって、ぐっとこらえた。

「そうだったんですか……。母からはそんなこと、言われたことなくて」

 聡真さんは買い物かごの取っ手を何度も持ち替えている。声がかすかに震えているのは多分、気のせいじゃない。

「昔から、家族には少し遠慮するところがあったので。せっかく僕の近所に引っ越してきたのに、夕飯でも一緒にだとか、休みの日に顔を出せだとか、そういうことも全く言わなくて」

 でも、偶然会えたら。

 春子さんはきっといつも、そんなあわい期待を胸に来店されていたのだろう。

「――あ、でも……、竹田さんに会いたくて来ていたのも事実なんです。あの個展も、絵が見たいと言ってもらえたから開催したようなものだと言っていました」

「そう、なんですか」

 今度は私の声が小さくなってしまう。

 客と店員が向き合ってうつむき、しどろもどろに会話している様子は翌日『お客様の声』に『店員が客と私語をしている』と書かれてしまったけれど、特におとがめなし。それどころか店長は私に、「これ美味おいしいですよ」と、帰る間際まぎわに高そうなおせんべいをくれた。

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