きれいだ!絵画の鑑賞!

「生でランコさんの絵を見られるのは最初で最後だから」と、妹尾さんはギャラリーに着くなりさっさと中へと入って行ってしまった。

 入り口には五十嵐いがらしそうさんが立っていて、私は一瞬ギクリとする。

「竹田さん、本日も母のために来ていただいてありがとうございます」

 春子さんそっくりの笑顔。泣きたいような気持ちをこらえて、深めに頭を下げる。

 肉親を亡くした人にかける言葉ってお悔やみ申し上げます、だっけ。ご愁傷しゅうしょうさまです、だっけ。高校生のときに祖父が亡くなって以来の出来事だし、身近な人が亡くなったときに関するボキャブラリーが私の中にない。言葉が見つからない。

 加えてヒイラギさんのこともあるから、態度までぎこちなくなる。

 私が気を遣ったって、どうにもならないのに。

「どうぞお入りください。寒いですから」

 ひとり、モゴモゴしていると、聡真さんは室内に入るよう促してくれた。

 もう一度会釈えしゃくしてギャラリーに足を踏み入れる。

――顔をあげるとそこには二ヶ月早く春が来ていた。

「すっご……」

 室内に入ってすぐ突き当りの壁の左手に、人の背丈よりも長い四辺しへんの絵。

 大きな桜が全面に咲き乱れている。

 あでやかで、どこかはかなくて、透明感のある桜は本物そっくりだ。

「母の最高傑作だと思います。本人は違うって言うんですけど、素人の僕には、大きくて迫力のあるこの絵が一番すごいと思えて」

 聡真さんははにかみながら、何度も見たであろう桜の絵に視線を放つ。そして再び私に視線を戻し、「どうぞ、ごゆっくりご覧ください」と微笑ほほえんだ。


 ギャラリーの中は、妹尾さんの言う通り芸術のわからない私でも、うっとりするほど綺麗な絵ばかりだった。

 花の絵からは、香りがただよってきそうだ。

 果物くだものや野菜がゴロゴロと描きつけられたキャンバスは、まるでヴィチナートの売り場がそこにあると錯覚してしまう。

――鮮やかで明るい色の絵が多い中、一枚だけ、少し雰囲気の違う絵が目を引いた。小さな子どもと男性の後ろ姿。

 黄金色こがねいろの夕日を浴びた大人の男性と子どもが、手を繋いで河川敷かせんしきを歩く様子が描かれている。

 表現されている時間帯が夕方であるためか全体的に影が多く、彩り豊かな他の作品とは少し雰囲気が異なる。

 切なくなるほどの西日、その光を受けた少年の和毛にこげ、そして男性の特徴的な猫背とがに股。見たことない景色なのに、その光景がありありと目に浮かんでくるような気がする。

 聡真さんは桜の絵が最高傑作だと言ったけれど、私はこの絵が、春子さんの最高傑作だと思う。でなければ、どうして一枚だけこんなに惹きつけられるのか、見ているだけで無性に泣きたくなるのか、説明がつかない。

 涙がこぼれてきそうになる。こんなところでは泣けないと、私は足早にギャラリーを出た。

 入り口に立つ聡真さんから「来られた皆様にお配りしてるんです」とポストカードを三枚もらい、見送られ、駅まで戻った。

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