ドロドロ!女子トイレの噂話!
女子トイレの個室は、何でも透明にする。だから、扉を挟んだ向こうで繰り広げられる自分の『噂』をこうして聞くことも珍しくない。
「聞きました?
新卒三年目で営業事務の
「え? 私は病気で亡くなったって聞いてるよ?」
おっとりと答えるのは、同じく営業事務の
「ホントですか? てか理沙さん、この話知ってたんですね」
「知ってるも何も、本人から聞いたよ」
理沙は、営業の私をよくサポートしてくれる、とてもよくできた後輩だ。
男に混ざって泥臭くガツガツ仕事をする私と、おっとり癒し系の理沙の組み合わせは、社内でも意外がられることが多いけど、見かけによらず芯があって
最近まで付き合っていた秀人のことも話していた。
――まあ、秀人にとって私は恋人なんかじゃなくて、不倫相手でしかなかったんだけど。
「相手の奥さんが、不倫が原因で
理沙は穏やかな声でバサリと切り捨てる。
「そうですかね? 火のない所に煙は立ちませんよー」
「案外立つみたい。それも火元がわからないから消火も難しい、みたいなね」
「なあんだ。あ、でも不倫は事実ですよね?」
「んー、好きになった相手にたまたま奥さんがいただけだったら、私はむしろ由乃さんに同情しちゃうな」
「そうですかね? 理沙さん優しすぎー」
パチリとコスメのコンパクトを閉じる音を合図に、二人は女子トイレを出ていく。
三十年ちょっと女をやってれば、こんな状況には何度か出くわすこともある。
慣れたとて、傷付かないわけではない。
けど、宿命として受け入れるより他ない。
私が頑張れば頑張るほどに、こういうことは起こるらしい。
私は今までずっと頑張ってきた。
おしゃれして、メイクして、ダイエットして、勉強して、スポーツして、有名大学に進学して、大企業に就職して、美人だとか、かっこいいだとか、優秀だとか言われて。
秀人の、ダメなところを隠そうとしない真っ直ぐさが愛おしかった。かと言って不器用なわけではなく女の扱いはしっかりわかっていて、恋愛経験の多くない私は、かなり
幸せだった分、落ちる高さが高すぎる。
二人が出て行ってからしばらく経ち、また別の人が個室に入る音がしたので、私は透明人間から普通の人間に戻ることにした。
手を洗っていると、さきほど個室に入った人が出てきて私の隣にやってきた。
やけに早い気がする。
「――由乃さん、火のない所に煙は立ちませんよ」
鏡越しに向けられる笑顔。
「理沙……?」
いつも柔らかい笑顔の理沙の、見たことのない嫌な目つき。
「あぁ、バリキャリの由乃さんには、お互いの認識に
頭の中がサーッと冷たくなる。立っている足元の感覚がわからなくなる。悲しい気持ちと、この歳になっても
「噂流したの、私ですから」
「じゃ、お疲れ様です」
立ち去る理沙の背中を追うどころか、見ることすら怖い。
私はいつ、どこから、何を間違えていたのだろう。
何も疑うことなく突き進んで
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