髪薄~とある愛煙家のあだ名~

 今日もスーパーヴィチナートは元気に営業中。

 私も無心で、レジに並ぶお客さんたちをさばく。

「竹田のネエちゃん、五十七番」

 このおじさんは、何週間かに一回、メビウスを一カートン買いに来る。

 おじさんの見た目と購入品から、私は『かみうす』と勝手にあだ名を付けて心の中で呼んでいる。

「かしこまりました」

「おー? なんや、今日はいつもの『吸いすぎ注意』はおまへんのかいな」 

「あ……吸いすぎちゃダメですよ。健康第一で」

「カンニンなあー。はい、どうもやで」

 正しいのかわからない関西弁を使う『髪薄』は、目当てのタバコを手に入れて、満足げにレジを後にした。


 お昼のピークが過ぎ、レジに並ぶ人も落ち着いてきたので休憩に入ろうかというとき、その人は来た。

「竹田さん、――先日は……どうも」

 肩で切りそろえた髪はいつもみたいにセットされていなくて、年齢よりも幼く見える。対照的に、くたびれた顔には全く化粧っ気がなく、目の下のクマが目立つ。ヨレヨレの大きすぎるスウェットに包まれた華奢きゃしゃな体はやけに貧相に見える。

「あ、ヒイラギさん」

 頭の中に浮かぶ、春子さんの笑顔。

 家族には不安そうな顔を見せなかった、春子さん。

「私、引っ越すんです。仕事も辞めて。けじめ、なんて大層なものじゃないですけど……」

 ヒイラギさんには、春子さんのことは知らないままでいてほしい。

 うまく言葉にできない。知ってほしくない気持ちと、知らずにいたほうが良いとおもんぱかる気持ち。外野ながら不倫という行為を憎々しく思いながら、頭の冷静なところでは彼女もまた被害者であることを理解している。相反あいはんする気持ちがないまぜになってぐちゃぐちゃになる。

 気のいたことなんて言えない。

 ただヒイラギさんに変に思われないようつくろうので精一杯で、そんなことを考えている間に、レジには次のお客さんがやってくる。

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