たまには俯く

 タイムカードを押そうとする手を制止され、みやこは橋本はしもとの顔を覗き込む。

 うつむく大人は大抵、見ていられないような悲痛な表情をしているな、とみやこはふと、悪い男に騙されていた、かの美女のことを思い出した。

「店長、どうしたんですか?」

 そう尋ねてすぐ、みやこは橋本の手に白い封筒が握られていることに気付いた。

「竹田さんにと、こちらのお手紙を預かりました」

 差し出された白い封筒には少ししわが寄っていた。

 みやこは恐る恐る親指と人差指でその封筒をつまんで、封のされていない口を開けて中身を取り出す。三つ折りの、紙一枚。橋本は先に中身を確認して知っている様子だ。

「明日の竹田たけださんのシフトは大丈夫なのでお休みしてください。……今日も、無理しないで良いので」

 室内に入ったばかりでまだ体は冷えているのに、てのひらだけはじっとりと汗をかきはじめる。

 みやこは、からまったシルバーのネックレスをほどくような手付きで三つ折りの紙を開いた。


岡村おかむら春子はるこお別れの会」ご案内


 お別れの会。みやこは何度もその言葉を脳内で反芻はんすうした。

 一方で、やたらに丁寧な小難しい言葉で書いてある内容は、砂みたいにさらさらと頭からこぼれ落ちる。

 みやこは手紙を封筒に戻し、さらにリュックサックの中にしまった。

「店長、明日はお休みさせてください。今日は……出ます。お気遣いありがとうございます」

 そう言ってタイムカードを押し、心配そうにする橋本の横をすり抜けて行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る