お気楽フリーターは将来の夢を見るか?
長かった残暑が過ぎ去り、ようやく秋っぽくなってきた今日このごろ。
新しい季節の始まりってウキウキする。
ここ最近色々とあったけど、私自身は特に変わり映えしなくて、だからこそこの、気温がどんどん変わっていく空気感、今までとは違う世界に近付いてる感に、何となく期待してしまう。
ベージュのジャケットにネイビーのパンツ姿の妹尾さんの買い物かごの中には、おつとめ品の玉ねぎやブロッコリー、それに卵なんかが入っていて、ああ私の『なにか変わりそう』感は割と当たってるなと思った。
買い物かごを持つ手のワインレッドのネイルは、シンプルだけどグラデーションが綺麗で惚れ惚れする。
「どうしたんですか、野菜や卵なんて普段買わないじゃないですか。お料理でもするんですか?」
うるさい、とか、余計なお世話、とか言われそうだなと思ったけど、聞かずにはいられなかった。
「まあ、その、節約? かな? 『そういう』仕事、減らした。将来の目標見つけたから。それに向けて、時間とお金を作らなきゃな、って」
想定外に素直に答える妹尾さんは、少し照れたような顔をしている。
「夜の仕事は続けてる。てか、ガルバより時給が高いキャバクラに変えた。でもパパ活はもうしてない。……いや別に、竹田さんのお節介に関係なく、ただ時間作るために辞めただけなんだから」
私のこと『竹田さん』て呼ぶのとか、なんか諸々にびっくりしすぎて、明日は
「将来の夢、ってなんですか?」
「まだ内緒」
「じゃあいずれ教えてくださると」
「まあ、いずれね」
……新しい季節パワー、ものすごい。
あ、でも、新しい季節を気持ちよく迎える前に一つこれだけはすっきりさせておきたい。
「あの、妹尾さんのパパ活相手に『hide』さん、って……」
その瞬間、妹尾さんは眉間にシワを寄せて鬱陶しそうな顔をする。けどもここで引くわけにはいかない。自己満足だけども。
「あぁ、いたよ。『ひでくん』ね」
「その人の苗字って……?」
これ、仮にあの五十嵐とかいう男と同一人物だったとして、私はどうするんだろう? 聞いてから後悔した。
「えーっとね、イ……」
違う人だったらすっきりするのになって願望だけで聞いた私は、同一人物だった場合、より一層もやもやが積み重なるだけだってことを忘れていた。
「い……?」
「イ……イノハラ……いや、イノダ……。そうだ、イノダヒデキ」
全然違う。良かった、少なくとも私は、二人の知り合いが一人のクズ男を巡って、かたや振り回され、かたや金づるにする、なんて人間界の食物連鎖を見なくて済んだ。多分、一件落着。
「それが何なの?」
「あ、いえ、何でもないんです」
妹尾さんは不思議そうな顔をしてるけど、それ以上は何も聞いてこない。
お会計を済ませてレジ台から離れる妹尾さんに、私は危うく言い忘れるところだった。
「節約、頑張ってください。水曜日は『おとなりさん感謝祭』で、アプリ会員様向けに毎週ランダムで特売セールをするので」
そう言って私は、アプリダウンロードのQRコードが印刷されたチラシを渡した。
「ありがと」
まさかあの妹尾さんから、こんな笑顔を向けられるとは思っていなかった私は、心底驚いた。それが顔に出ていたらしく、今度は何も言ってないのにまた「うるさい」と言われた。
将来の夢、か。すごいなあ。
お気楽フリーターの私には、まだまだ遠い未来の話みたい。
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