あわあわ!口が滑りそうになった!

 妹尾さんはあれ以来、レジで話しかけると、面倒くさそうに相槌あいづちを打ってくれるようになった。

 妹尾さんが買うものは大体決まっている。たいてい、お惣菜のサラダとペットボトルの水で、たまにリンゴやキウイなどの果物を買って行く。

 春子さんは最近あまり見かけない。今度会ったら、妹尾さんのネイルは自分でやってるらしいですよって、教えてあげよう。


 九月になり、近隣の学校の夏休みが終わって、来店するママさんパパさんたちはこころなしかほっとしたような顔をしていて思わず私まで気が緩む。


 背の高い男性が、ブロッコリーと鶏胸肉とトマトが入った買い物かごをレジ台に置いた。

「いらっしゃいませ」

 お辞儀して、顔をあげる。その瞬間はっとした。

「先日は大変失礼いたしました」

 お辞儀よりも深く頭を下げる。その男性は、五十嵐いがらしそうさん。正しい方の、配達先の人。

「何のことですか?」

 再び顔を上げて顔を覗き込むと、甘いマスクがまぶしい。お父さんも男前なのだろう。

 あ、でもそうだ、私が配達先を誤ったことはこの人は知らない。

 もっといえば、誤った配達先にこの人のお父さんがいた疑惑が浮上しているなんてことは、さらにさらに、その人がパパ活もしてるかもしれない、なんてことはもっと知らない。

「大変失礼いたしました。人違いでした」

 あのとき実はですね、なんて、言えるわけがない。

 五十嵐さんは不思議そうな顔をしながら、ぼそぼそと、「そうですか」みたいなことを言った。

 それから五十嵐さんはずっと無言だった。私は粛々と、提示されたアプリ会員画面のバーコードを読み取り、更にお会計も電子決済用のQRコードを読み取った。

 変に思われていないだろうか、ちゃんと取り繕えただろうか、気が気でなくて、お会計を済ませてお店を出る五十嵐さんの後ろ姿が見えなくなるまで、私は思わず息を潜めて見守る。

 五十嵐さんは特に振り返ったりすることもなく、さっさと出て行ったので、私は息が苦しくなる寸前で呼吸ができるようになった。

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