だるいわ!パパ活帰り!

『いらっしゃいませこんばんは! 本日はご来店、誠にありがとうございます』

 地獄の時間が終わり、例のスーパーに来ている。

 一日だけバイトして飛んだ私の顔なんて誰も覚えてないはず。

 それに今日は『ひでくん』好みの、ロリ系メイクに巻いた髪、ピンクのオフショルニットにミニスカを合わせて、ヒールの高いブーツで身長も盛っている。地味に無難にしたあの日とは、見た目が全然違うから、わかるわけがない。

 二十四時間年中無休営業で、家からも近いこのスーパーは、結構、いや、かなり便利。

 品数もやたらに豊富なせいで、ひと仕事終えた上にアルコールが入って気が大きくなった私は、本来の目的のミネラルウォーターの他にも、食べもしないお菓子とかをあれこれカゴに入れる。

 

「いらっしゃいませ、こんばんは。お買い物かごをお預かりいたします」

 迂闊うかつ。このバカみたいにニコニコしたツリ目、あの『親切押し売り女』だ。

 でも今の私は、メイクも髪型も服装も全部違うし、わかるわけない。

「あれ、妹尾さんじゃない? ……ですか?」

 秒でバレた。――いや、ここはしらを切り通そう。

「何のことですか?」

「妹尾さん、ほら私、この前のレジ研修の、竹田ですよ」

 今は私が客だからだろう、白々しらじらしい敬語。けれども裏のなさそうな笑顔が妙にムカつく。

「レジ研修? 何の話ですか?」

 突き放すように言うと、女は不思議そうな顔をする。バイトを飛んだ人間に対して、一体どういう神経してたらこんなにフレンドリーに話しかけられるのか、全くわからない。こっちのほうが不思議だ。

「……失礼いたしました。人違い、みたいです」

 残念そうに、お節介女は言う。

 それでいいんだよ。


 それでよかったのに。

「あ、今度こそ妹尾さんでしょ! 今日はギャルみたい! カワイイ!」

 私がレジで望まぬ再会を果たした一週間後、またしても声デカ女と偶然出くわした。

「妹尾さん、顔赤い! お酒飲んでる? 未成年じゃなかったっけ?」

 今日は『ひでくん』とは別の男と、個室席のあるそこそこ小綺麗なチェーン店の居酒屋に来ていた。

 トイレから出たところで遭遇そうぐうした声デカ女は、普段よりさらに酒焼けした声で、まるで昔からの知り合いみたいに絡んでくる。てかめっちゃ酒臭い。

「何のことですか? 人違いですよ」

 嘘をつくときはとことんつく。中途半端が一番よくない。

「うーん? ……あ! ポケットからなにか落ちそう!」

「え、うそ」

 パンツのポケットに入れていたアイコスを手に乗せて確認する。

 大丈夫、パーツ一つ取れていない。

「ほら! そのパープルのキラキラアイコス! やっばり妹尾さんじゃん!」

 声デカ女のしたり顔。ムカつくっていうかあきれる。カマをかけてまで何がしたいの、この人。

「店長も私も、心配してたんだよ。せっかく一緒に働けるって思って、残念だったけど……。今まで通り、お買い物に来てね」

 レジ女は、神経を逆なでするほどの穏やかな笑顔を浮かべている。

 優しい自分に、えつひたってんじゃないの? イラつく。

「ちょっと、あんまり私の本名大きな声で言わないでください。迷惑です」

 歌舞伎かぶきちょうのガールズバーでは『瀬奈せなりお』ってげん氏名じなを本名だって言って通してる。

 本当の本名を連呼されて万一、客の耳にでも入ると困る。

「本名? あ、えっと、それは失礼しました。……でもほら、未成年飲酒だよね? 成人は十八からだけど、お酒も煙草もハタチからって。だからアイコスもだめ!」

 この人、ホントに一体何なんだろう。

 お節介なおばさんはよく見るけど、同年代のこんな人は今まで出会ったことない。

「ところで、この前も私、このお店であなたのこと見かけたんだけど。おじさんと一緒にいたのを」

 ホント図々しいな。どこまで踏み込んでくるつもりなんだろう。

「おじさんといたから何なんですか? パパ活ですよ。ガールズバーの客、うらきしてんの。なんか関係ある?」

 放っておいてほしくて吐き捨てる。

 お昼の仕事で元気に明るくまともに働けるあんたたちとは違うんだから、せめてそっとしておいてよ。

「ガールズバー? いや、それは良いとして、パパ活はアウト」

 アウト? 誰が何に対してアウトなの? 意味わかんない。

「てか席戻りたいんだけど」

「あのね、危ない目に遭ってからじゃ遅いんだからね」

 まるでドラマに出てくる母親役みたいに、いちいち屈んで、目線を合わせて、さとすような口調。

 大きなお世話、お節介、ありがた迷惑。

 いや、ただただ迷惑なだけでありがたさは微塵みじんもない。

「何それ、別に自分のことは自分で守るし、そもそも他人に言われる筋合いないんだけど」

「何が起こるかわかんないし、そんなこと言ったって女の子一人じゃ守りきれないこともあるんだから」

 仮に逆恨さかうらみされて自分が殺されても、さっさと死ねるんなら本望ほんもうでさえある。

 でもこの人には説明したってわかってもらえないし、説教が長引くだけだし、このまま話したって平行線に違いない。

「人待たせてるんで、じゃあ」

 あんまり待たせておじさんのへそを曲げたり、まして帰られたりでもしてバイト代を取りっぱぐれたら最悪。

 お節介女をさっさと視界から消すために、早足でその場を去った。


――今日はほんとに散々。

 夕方から客と合流して解散するまでトータル四時間半、もらったのはたったの一万。

 時給とほとんど変わらない。

 よくお店に来てくれる人だから、『こっち』でも良い客になると思ったけど、全然じゃん。

 二人きりになるリスクを考えたら、こんなんじゃ全然割に合わない。なんの意味もない。

 もう疲れた。

 明日の朝ごはんとか水とかを買いに行かないといけないけど、もう今日はいい。

 あのお節介女に出くわすかもしれないのはダルいけど、朝行けば会わないだろう。あの人も結構飲んでそうだったし。

 体力も気力も限界で、メイクを落として布団にダイブした。

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