第四話 冒険者さん、お侍に助けられる(1)

 ────キャインッ!

 木々の合間から陽光が差し込む静かな森の中、甲高い悲鳴が木霊こだまする。眉間に矢を突き立てられたおおかみは水の上をただようようにフラフラと少し歩くと、横倒しに転がってピクリとも動かなくなった。

 敵が完全に沈黙したことを確信したのか、周囲の茂みから四人の男女が姿を現す。

「えーっと、今ので何匹目でしたっけ?」

「五匹目だね。これで依頼の分は達成だけど…………」

 生死を確かめるようにつえで狼をつつくパメラの問いかけに、フランツは浮かない顔で口ごもった。

「笑えるくらい〝黒〟ばっかだな。俺ら呪われてんじゃねえか?」

「マウリよ、先週の幽霊レイス退治の依頼で聖水をケチっておったじゃろう。呪われとるならわしらではなく、お前さん一人よ」

 冒険者パーティー〝荒野の守人もりびと〟の一行は、フォレストウルフの討伐依頼を受けて魔の森を訪れていた。

 そろそろ冬に向けた備えが始まるこの季節、低位の冒険者にとって森狼は格好の獲物となる。防寒具の需要が増えるため、普段は大して値の付かない毛皮の買取額が今の時期だけは高騰するのだ。

 黒、白、茶などの単色から、まだら模様やしま模様。個体によって多種多様な毛色を持っている森狼だが、ルクストラ教を国教とするファラス王国では女神がまとう純白のころもにあやかって、白に近い毛並みが特に人気があり、高値で売れる。貴族社会では誰よりも白いコートを着ることが一種の格式ステータスになっているらしく、庶民にはとても理解できない感覚だが、毛皮一枚に平然と金貨百枚の値を付ける者さえいるそうだ。

 そういった事情もあり、毎年必ず数人は真っ白な毛皮を手に入れて、いっかくせんきんを成し遂げる冒険者が現れる。魔の森では比較的浅い場所にも生息している上に、低位の者でも手軽に狩れる魔物という好条件も相まって、今年こそは自分がと夢見る者たちが鼻息を荒くして森に踏み込むのだ。

「まだ日も高いし、もう少しだけ粘ってみようか」

「そうですねぇ……。せめて灰色を何匹か狩らないと、今月のお家賃が払えないです」

「黒五匹だと金貨一枚くらいだったか?」

「金貨にゃあ届かんわい。依頼の達成報酬と合わせても……まぁ、せいぜい二日分の食費になるかどうかじゃな」

 背負っていた荷物を下ろしながら尋ねたマウリの質問に、バルトは三つ編みにしたしらひげをしごきつつため息まじりに答える。

 乱獲によって倒すよりも見つけることの方が難しい森狼だが、今日は森に入ってすぐ群れに遭遇できたため、すでに依頼は達成済みだ。しかし、倒した五匹はどれも値段の安い黒の毛色ばかり。運が良いのか悪いのか、女神様に弄ばれている気分になってくる。

「こないだの武器の修理費っていくらだったっけ?」

「銀貨八枚だね。……今週中に払わないと出禁にするって親方に言われたよ」

「バルト、オーラフさんとはお友達でしたよね!? 待ってもらえないか頼んでみて────」

「パメラよ、もうすでに二度も延期してもらっとるんじゃ。あやつは鍛冶人ドワーフにしちゃあ気が長い方じゃが、次にそんなことを口にした日にゃ確実にかなづちが飛んでくるわい」

 荒野の守人は、はっきり言えば金に困っていた。

 低位の冒険者パーティーにはありがちな話だが、装備の破損で金欠になり、稼ぐために無理をしてまた装備を壊すという悪循環におちいっているのだ。原因を知りつつもこの連鎖が止められないのは、いつか高位冒険者になって単価の高い依頼が受けられると信じて疑わないから。食うに困るほどではないが、そろそろ破産が視野に入っている状況だ。

 毛皮が少しでも高値で売れますようにと、普段よりも幾分か丁寧に倒した狼を解体する。作業をしながら顔を突き合わせて相談し、もう少し森の奥まで探索範囲を広げることに決めた。


「おい、見ろよ。小鬼ゴブリンの群れだぜ」

 狼を探して森を進む道中、マウリが複数の足跡を発見した。

「……フランツ、どれが足跡か分かります?」

「いや、正直全然分からない」

 旅行ハーフ小人リングはフランツやパメラのような繁人族レギオンよりも目端が利くため、マウリには弓士と兼任してせっこうも務めてもらっている。落ち葉が積もったなんの変哲もない地面、これのどこをどう見れば魔物の数や種類が分かるのかさっぱりだが……彼がそう言うのであれば、きっと間違いないのだろう。

「見た感じ四、五匹の小せえ群れみてぇだ。追うか?」

 小鬼は単体では弱く、武器さえあれば子供でも倒すことのできる低級な魔物だ。ただし、やつらは繁殖力が極めて高く、数が増えると集落を作り、人や家畜をさらうという厄介な習性を持っている。更に規模が大きくなると知能の高い特殊個体が生まれ、統率された軍のような集団を形成、しばしば魔の森に隣接する村を襲うこともあるのだ。そのため、冒険者の間では〝小鬼を見つけた場合は積極的に狩るべし〟という、ぶんりつが存在していた。

「そうだね。時間にはまだ余裕があるし、森狼を探しがてら追おうか」

 リーダーであるフランツの判断に、異議を唱える仲間は一人もいなかった。


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