第三話 お侍さん、現地人に遭遇する(3)


    ◆ ◆ ◆


 集落をせんめつした黒須は隠していた刀を回収し、最初に斬った五人のもとへと戻ってきていた。追い剥ぎとはいえ死ねば仏、仲間と共に弔ってやろうと考え、何度か往復して遺体を集落へ運び込む。すみの建材に使われていた鹿の角のような物を利用して墓穴を掘り、あわれにもざらしにされていた犠牲者の首を竹筒ささえの水で綺麗に洗い整えてに付した。追い剥ぎどもの遺体も集めて燃やし、それぞれに簡単なれいづかを作る。そこらにあった大きめの岩を置いただけのものだが、これが今できる精一杯だ。

 名も知らぬ相手ではあるが、せめて安らかに眠ってくれと眼をつぶり、並んだ塚に手を合わせた。

「ふぅ……」

 疲れを吐き出すように大きく息をして、土まみれになった着物をパンパンと手で払う。乱れた髪が海藻のように汗のにじんだ額にへばりつき、不快感で眉間にしわが寄った。どこかで一度水浴びでもしたい気分だが、この近くには水場がなく、竹筒の水も使い果たしてしまったので今更どうしようもない。森を抜けたらまずは湯屋ゆやに行こうと心に決め、腰に手を当てあかねいろの空を見上げる。

「そろそろ日が暮れるな」

 遺体を運ぶのに時間を取られてしまったため、いつの間にやら日は傾き、夜のとばりが下りようとしていた。さっさと寝床を探して疲れをやしたいところではあるが、この集落の中で休むことはできない。遠慮なく暴れ回った結果、辺りは一面血の海だ。この臭いで獣が集まるかもしれないし、集落を離れていた者がひょっこり戻ってくることも有り得る。

 黒須はキョロキョロと周囲を見渡すと、神社にあればしんぼくとして祭り上げられそうなほど立派な大樹に眼をつけた。数年前、山中で野宿した際にやまいぬの群れに囲まれた経験があり、こういった場所ではできるだけ高所で眠ることにしている。当然ながら横にはなれないため、決してくつろげるような寝床ではないが、襲撃で叩き起こされるよりははるかにマシだ。集落の中もかんで見下ろせるので、闇討ちを警戒するにも都合がいいだろう。

 するすると慣れた様子で木に登り、幹を背にして太く安定した枝をまたぐ。持っていた縄で幹と己を固定すれば、十分に身体を休めることができた。


    ◆ ◆ ◆


 チュンチュンと、やけに五月うるい鳥のさえずりで意識が覚醒し、無言のまま視線を下に落とす。昨晩登った時には気が付かなかったが、黒須のすぐ下の枝には小鳥が巣を作っており、母鳥が我が仔を護ろうと一生懸命こちらをかくしていた。

「…………………………」

 他人の力で起こされた寝起き特有のいらちを覚え、親子丼あさめしにしてくれようかとも思ったが……起き抜けに鳥を怒鳴りつける自分を想像してらしくなった。後頭部にはまだ眠気がこびりついているものの、地上で身体を伸ばしたい欲が圧倒的に勝り、ほおを暖かく照らす朝日に眼を細めつつゆっくりと木を降りる。硬い寝床で一晩を明かしたため、背中と尻がひどく痛い。

 昨夜は結局夜襲もなく、静かなものだった。よく眠れたとは言い難いが、森の中でこれだけ休めれば御の字だ。固まった筋肉をほぐすように両手を天に向けて大きな伸びをしたあと、毎朝の日課になっている素振りでけた身体を暖めていく。剣を振りながら時間を掛けて身体の調子を確認し、どこにも異常がないことを納得したところで満足げに刀をさやに納めた。

 昨日の戦闘でかすり傷一つ負っていないのは分かっているが、童子こどもの頃から染み付いた習慣というものはとしを重ねてもなかなか抜けず、これをやらないと一日が始まった気がしない。

 周囲も随分と明るくなったので、黒須は集落にある住処を調べてまわることにした。はえたかる残飯や、好き放題に散らばっているふん尿にょうに鼻が曲がりそうになるが、運が良ければ犠牲者たちの遺品が残されているかもしれないと考えたのだ。

 すじょうを示す物でもあれば親元に返してやろうと土饅頭をあさることしばらく、いくつかの物品を発見した。一晩明けて無害なことが判明した大蛇の串焼きにかぶり付きつつ、見つけた品を一つ一つ念入りに検分していく。

 まずは硬貨のような物が詰まった皮袋。ジャラジャラと多くのぜにらしき物が入っており、中身を取り出して眺めているとがらが三種に分かれていることに気が付いた。どれも同一人物と思われる美しい女が彫り込まれているのだが、それぞれ顔の向きが違う。一つは正面、一つは横顔、一つは後ろ姿で顔は見えない。こんないしょうせんには見覚えがないが、追い剥ぎどもがたわむれに造ったにしてはやけにせいこうな品だ。

 武家に連なる者の多くが〝かねもうけ〟という行為をと捉えており、例によって黒須もあまり金にとんちゃくしない性分である。そのため、そもそも現在流通している通貨の種類すら正確に把握しておらず、自分が生まれる以前に出回っていたせんか、あるいは知らぬ間にこうが造ったしんせんか何かだろうと、安直な結論に至った。

 次に、小さな鉄板にかわひもを通しただけの簡素な首飾りが五つ。どれも同じ安っぽいこしらえだが、刻印されている模様が異なっている。一見すると意味不明な記号のれつ、しかし、わざわざ身に付けるために装飾品にしたとなると、家紋やおうのようにしゅつじを表す品である公算が高い。

 もとより家紋には他人から見れば意味の分からない物も多く、花押にいたっては初見で読み解くのはまず不可能だ。黒須もから複雑な花押を受け継いでいるが、いまだに自分自身でも書き損じてしまうことが多々あるため、ふみなどをしたためる際には必ず実名を併記するようにしている。

 いずれにせよ、もしかするとこれが彼らの身元につながるかもしれない。

 黒須は串焼きを食べ終えると遺品を打ち飼いにしまい込み、大男から奪った剣を腰に差して次に進む方向を思案した。

「さて、どうするか」

 この集落には馬がいなかった。となれば、少なくともここから歩いて行ける範囲に、奴らの狩場となる街道か人里があるはずだ。

 地面に残された足跡を調べ、最も人の出入りが多くあった方向へと足を進めることにした。


「────オオォ──ォオオッ!!」

「────野郎!」

「────! こんな場所に──じゃと!?」

「────うな! 撤退──────げるぞ!」

 森の中をのんびり当てずっぽうに歩いていると、遠くから人の争うような物音が聞こえてきた。距離があるので判然としないが、どうやらを話しているようだ。黒須はようやく普通の人間に逢えるかもしれないと期待に胸を膨らませ、気配を消しつつ足を急がせた。


「くそっ、皮が厚すぎて矢が刺さらねえ!」

「マウリはかくらんてっしろ! 俺とバルトで攻撃を抑える! パメラは準備ができ次第火砲を撃て!!」

「お前さんの魔術だけが頼みの綱じゃ! 任せたぞ!」

「は、はいっ! 了解です!」

 しげみに身を隠しつつこっそり覗き込むと、四人組の男女が必死な面持ちで戦っていた。しかしながら、一見よく分からない状況だ。なんと女や老人、童子まで混ざっている。全員武装しているようだが、彼らがどのような一派なのかは皆目見当もつかない。いや、それよりも────────

「何だ、あれは」

 黒須の視線は集団が立ち向かっている相手にくぎけになっていた。

「ルォオオォォォォオオッッ!!」

 巨大でかい。目算で優に十二尺360センチは超えるだろうか、明らかにじょうじんはんちゅういつだつしている。力士のようにえた身体には所々こぶのような吹き出物があり、獣の皮を腰に巻き付けているが、ここまでしゅうきが漂ってきそうなほどに汚らしい様相だ。体毛は一本もなく、人間離れしたしゅうかいかおにニタニタとした満面のを浮かべ、人の身の丈ほどもあるまるを片手で軽々と振り回している。

 巨人……? だいだら法師ぼっち物怪もののけたぐいか?

 食い入るように観戦していると、仲間に指示を出していた剣士の男が殴り飛ばされた。左の前腕にくくり付けた丸盾で直撃は防いだようだが、受身が取れていない。

 ────意識はあるらしいが、あれはもう駄目だな。

 残りは女に童子、老人だけだ。黒須は思わず前のめりになり、不覚にも物音を立ててしまった。

 弓を持った童子がこちらに気付く。

「おい! そこのアンタ、冒険者か!?」

「…………冒険者が何かは知らんが、俺は通りすがりの武者修行だ」

「じゃあ戦えるんだな!? 頼む、手を貸してくれ!」

 …………どうしたものだろうか。

 本音を言えば是非とも戦いたい。なんなら代わってくれと頼みたいほどだ。しかし、武士として他人の勝負に割って入るようなひきょうは許されない。

 いや、待て。あの巨人が想像通りの物怪で、童子たちが襲われているというのであれば────

「一つ訊く。そいつは一体何だ?」

巨人トロルだ! この森じゃ上位の化け物で、俺らだけだと前衛が足りねえ! 頼む!!」

〝化け物〟、〝化け物〟と言ったか。そうか、やはり物怪か。

すけする。盾持ち、俺と交代で下がれ」

「すまん、助かる!」

 黒須は大盾を持った老人と入れ替わり、正面から巨人に向かい合う。

 近くで見ると文字通り、見上げるほどの大きさだ。これまでに立ち合ってきた武芸者を思い返しても、けんする者は誰一人としていない。

 ────嗚呼ああ、戦う前からこんなにもたかぶる相手は久方ぶりだ…………

 ついつい緩みそうになる口元を我慢しながら、愛刀ではなく、集落で手に入れた剣を腰から引き抜く。生まれて初めての妖怪退治、更には久々の強者の風格を持つ相手とあって血がたぎるのを感じるが、せっかく出逢えた難敵だ。すぐに終わらせてしまってはもったいない。

 相手をなぶる趣味はないが、そう思うほどに黒須は敵に飢えていた。

 巨人は丸太を振り回しているだけで武術という点では見るべきところはないが、このりょりょくは驚異的だ。

 まずは力を試してみようと、相手が丸太をだいじょうだんに振り上げるのに合わせてふところに飛び込み、左手を刀身へ添えて頭上に剣を構えた。

「な……っ! おい、けろ! 潰されるぞ!!」

 弓士の童子こどもが騒いでいるが、もはや彼らのことなど完全に頭から消えている。

 今はただ、少しでも永くこの興奮を味わっていたい。

 次の瞬間────岩が砕けるようなごうおんと共に、掲げた両腕にすさまじい衝撃が走った。

「ははは、見事だ! こんな剛力は初めてだ!!」

 受けた両腕がしびれ、背骨がきしむほど強烈な一撃。〝らず〟と称される剛剣の使い手とも戦ったことがあるが、ここまでの威力ではなかった。

 流石さすがは物怪、まさにこんごうりきだ。素晴らしい……!!

 身体中の毛穴から血が噴き出すのではないかと思うほどの高揚を覚え、思わず笑みがこぼれる。

「巨人の一撃を受け止めただと……!?」

 拾い物の剣がくの字に曲がってしまったため、巨人の顔面に向けて投げつける。

「────ッッ!! グゥォオォオオッ……!」

 やはりこっちを使って正解だった。先ほどの攻撃を受ければ、十年連れ添った愛刀とて容易たやすくへし折られていただろう。

 …………では、次に耐久力だな。

 物陰から観戦していた時、奴の地肌がよろいの如く剣も矢も跳ね除けたのを目撃した。

 俺の刀にも耐え切るか? いな、どうか耐えてみせてくれ──────

 巨人は丸太を取り落として膝をつき、剣をぶつけられた顔を両手で覆ってうめいている。つまり、胴が。駆け抜けざま、黒須は全力の抜き打ちを巨人の脇腹にぶち込んだ。

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