第三話 お侍さん、現地人に遭遇する(2)

 こんせき辿たどる道中、小腹がいたので食事をることにした。荷を降ろしてまきを集め、腰にぶら下げていた火打袋から道具を取り出す。きゅうを据えるのによく用いられるもぐさだが、これは火口ほくちとしても優秀な植物だ。うちがねでカンカンと石をたたいて火花を浴びせると、あっという間に種火ができた。適当に組んだ枯れ木の中へ放り込み、強く息を吹きかけて火をおこす。

「どんな味がするのやら」

 黒須の手には枝に突き刺された大蛇の肉。あれを神の使いなどとは最早もはや思っていないが、普通の蛇とも考え難い。仮に物怪もののけの肉だったとして、喰らうことでじんつうりきでも得られれば面白いのだが。

 下らないことを考えながらたきで肉をあぶっていく。塩など持ち歩いていないため、もちろん味付けは一切していない。毒があるかもしれないので大量には食えないが、味見は少し楽しみだ。

 ほどよく焼けたところで、火から離して匂いを嗅いでみる。特に刺激臭はなく、どちらかと言えば香ばしい良い香り。まんどくうつなど、自然由来の猛毒であれば刺すような痛みが鼻の奥に来るため、大抵は匂いで判別できるが、これなら問題はなさそうだ。

 物は試しにと、少し焦げた端の方をちまりとかじってみる。

 む、これは──────

うまい……!!」

 蒸した白身魚に似た歯切れのいい食感、しおは強いがあっさりとした旨みが後を引き、めるたびに脂の甘さもしっかりと感じる。これまでに食ってきた蛇は淡白でパサついた筋肉質のものばかりだったが、これはまるで別物だ。よくえたししにくから獣の臭さを消したような、極上のしょうゆで軽く香りをつけるか、焼きにでもすれば絶品だろう。

 無我夢中で食べ進め、またたく間に完食してしまった。

「……………………」

 まだまだたくさん残っているし……もう一切れ焼こうか。いや、駄目だ。時を空けて後から効いてくるような毒なら、こんな訳の分からん森で卒倒する羽目になりかねん。

 口に残る肉の味に心を引かれつつ、たきを踏み消して荷物を背負い直す。またあの蛇が出てきたら必ず狩ろうと、チラチラと木の上を見ながら追跡を再開するのだった。


 休憩してからしばらく、集落を見つけるまでにさほど時間は掛からなかった。

 ガサガサと背の高い草むらをけた先にあったのは、周囲と比べて木々の少ない平地。人の手で伐採したのではなく、恐らくは天然の空き地に村をきずいたのだろう。

 黒須がそう思ったのは、その集落がこれまでに見たどこよりも貧しい寒村だったからだ。まともな建物は一つとして見当たらず、木の枝と獣の皮を雑に組み合わせ、その上から枯葉をかぶせたような、掘っ立て小屋と呼ぶのもはばかられるまんじゅうがいくつも並んでいる。入り口らしき穴がなければ、ただの枯葉の山にしか見えない。失礼ながら、これでは〝住居〟ではなく〝獣の巣〟と表現した方がよほどしっくりくる。

 集落の中をまばらに行き交う人々は先に逢った者たちとよく似て……と言うより、見分けがつかないほどにそっくりだが、やはり皆一様にして着物すら着ておらず、どこをどう切り取っても清潔とは言い難い格好だ。しかし逆に考えると、これだけ姿が似ているのであれば、この集落が彼らの出身地であることに間違いはないとも言えるはず。

「────よし、と。また怯えられてもかなわんからな」

 黒須は集落から少し離れた場所に鹿の死骸や荷物を置くと、父が持たせてくれた大切な愛刀も隠すことにした。浪人の身の上でさかやきっていないため、これなら一見して武家の者には見えないだろう。万が一を考えてすんてつづかを袖の中に忍ばせているが、はたから見れば完全な丸腰。永い流浪るろう生活によって着物は多少薄汚れているものの、のぶせりや野盗に見間違われるほどではなく、むしろ遠目でのぞいた住人の格好と比べればよほどれいなほうだ。

 集落の周りはぐるりと木の柵で囲まれているため、正々堂々入ろうにも入り口が分からない。少し考えた結果、柵の外から大声で呼び掛けてみることにした。

「頼もう! 俺は通りすがりの旅の者だ! この集落のおさに急ぎ伝えたい用件がある! 村長殿がおられたら、お取次ぎ願いたい!」

 武士にとって身分を隠すことは恥とも言える。この場合は仕方がないのかもしれないが、うそ偽りを述べるのも心苦しく、苦肉の策として〝旅の者〟と名乗ることにした。これなら多少怪しまれても、初手から怖がられることはあるまい。

 そう思って集落からの反応を待っていると、すみのあちこちから一斉に奇声が上がった。

 …………おい、今回は丸腰だぞ。何故なぜどいつもこいつも武器を振り回している?

 土饅頭からわらわらとい出てきた住人は、手に手に武具を持っていた。その雰囲気はとてもこちらを歓迎しているようには見えない。

 一際大きな益荒男ますらおが先頭を駆けているが、明らかにじんじょうな様子ではなく、ギョロギョロと眼は血走り、口からよだれを垂らしながらなにごとか意味の分からないことをえている。他の者が粗末なやりや棍棒を持っている中で、その男だけが妙に立派な剣をかかげていた。

 奴がここのおさなのだろうか。

 というかこいつら、そもそも俺の言っていることが理解できていないのではないか?

 山奥の村では文字が読めない者など珍しくもないが、言葉を話せない者たちの集落など聞いたこともない。いかに山の民といえど、これだけの人数がいて一人も話が通じないとは思ってもみなかった。しかし、せっかく見つけた人里だ。どうにか穏便に話し合い、せめて最寄りの町までの道くらいは聞き出したい。

「この中に俺の言葉が分かる者はいないのか! 俺はお前たちの仲間について大事なことを──」

 説得しようと再度大声を出した矢先、黒須は集落の中央に〝ある物〟を見つけて閉口する。

 それは、一言で表現するならさいだんに見えた。周囲よりも一段盛り上がった地面に長いくいが突き立てられており、先端には大きな牙が特徴的な獣の頭骨が飾られている。杭の根元には場違いに美しい色とりどりの花がばらかれており──────そこには、がいくつも転がっていた。

 すでに白骨化して髑髏しゃれこうべになっているものから、つい先ほど切り落とされたように見えるものまで、ざっと数えて二十以上の数がある。

 ぼひょう……? いや、違うな。

 一瞬だけ、この村独自のとむらい方法なのではとの考えが脳裏をぎるも、転がされている生首の表情を眼にして、その愚考を即座に打ち消す。老若男女入り交じっているが、共通してその表情はもんゆがんでいた。ただ病やで苦しんだだけでは、絶対にああはならない。間違いなく、あれはせめを受けてもだえ死んだ者たちの顔だ。

 やけに好戦的だと思ったが…………なるほど、ここはぎどもの集落か。

 黒須は一人心中で納得し、素早く腕を振った。

「ギィッ、アァァァアアア────ッッ!!」

 ビュッ! という風切り音の後に、大きな悲鳴が森に響き渡る。

 声の元を辿ってみれば、先頭を走っていた大男の左眼からづかが生えていた。

他人ひとから奪うことでしか生きられぬ者どもよ、貴様らは害悪だ。死ね。この集落の者はみなごろしだ」

 怒りに歪んだ顔で宣告する黒須の声は殺意に満ちており、腹の奥からは憎悪ぞうおともえんともつかぬ感情が噴き出していた。

 領地を束ねる武家の者にとって、湧き出る野盗はしんちゅうの虫である。連中は丹精込めて育てた田畑を荒らし、まもるべき領民に害をなす。うじのように、最も耐え難い種類の害虫。この森が誰の守護地かは知らないが、到底見過ごせるものではない。

「アァァアッッ────ギッ!」

 黒須は両手で顔面を覆ってうずくまる大男に歩み寄ると、脳天に寸鉄を叩き込む。特注の寸鉄は先端を尖らせてあり、その一撃で男の脳は破壊された。土下座するように倒れ込んだ男をあおけに蹴り転がし、事切れた遺体の手から剣を拾い上げてしげしげと観察する。

 初めて見るこしらえだ。不動明王の持つけんに似た両刃直刀、愛刀に比べると刃渡りはやや短く、若干重いか。

「グギャッ!?」

 ちょうどよく眼の前で固まっていた者で試し斬りを試みると、肩口から侵入したやいばは鎖骨を断って胸の中央で止まっていた。両断するつもりでいたのだが。

なまくらだが……重さが良いな。これで十分だ」

 初めて使う武器に少しばかり高揚しつつ、向かってくる相手をなでりにする。

 最初に出逢った者たちもそうだったが、この集落の連中は〝敵を取り囲んで叩く〟という当たり前の戦法すら知らないのか、ただしゃに突っ込んでくるだけだ。弓などの遠距離攻撃もなく、せっかく長槍を持っている者も集団に押されて機能していない。連携して戦うという頭がないのか、早い者勝ちとでも言わんばかりに押し寄せてくる。

 しかし、長をられて逃げ出すかと思いきや、根性だけはあるのか、はたまた数の有利で勝機があるとでも思っているのか、誰一人としておくする様子がない。これだけのたんりょくがあるのなら、追い剥ぎなどせずとも戦地に出れば出世の目もあるだろうに。全くもって理解し難い連中だ。

 十人もたおした頃にはちあぶらで剣が斬れなくなったが、この程度の相手なら何の問題もない。斬れずとも、鈍器として頭をカチ割ることはできる。黒須は集落の中から悲鳴が一つも聞こえなくなるまで縦横無尽に走り回り、そこにある命を次々に奪っていった。

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