第三話 お侍さん、現地人に遭遇する(1)

「グギャッ! グギャギャッ!」

 この森に迷い込んで初めて人とったのだが、どうにも様子がおかしい。

 黒須はかげから進行方向にいる生き物をじっと見つめ、その正体について考えていた。

 童子こどものように小柄な人物が五人、くるまざになって鹿らしき獣を食べているのだが、、素手で臓物をらっている。両手と口元を真っ赤にしながら楽しげに血肉をすする様相は、さながら地獄絵図に描かれる餓鬼のようだ。とがった耳に鷲鼻わしばならんぐい、肌はもんのように不健康な色をしており、粗末なこしみのを身につけて意味の分からない言葉で会話しているように見える。

 森に暮らす貧民────〝山の民〟というやつだろうか?

 これまでに一度も遭遇したことはないが、連中は農耕せず、定住せず、山地をひょうはくして独特のいんを操る狩猟民族だとうわさに聞いたことがある。人目を避けて下界に降りず、めっぞくと関わらないため、我々とは全く異なる文化を持つと言われているが………………

 きんにでも襲われているのか、あの身体からだの大きさから察するに、日頃まともに食えてはいないようだ。久々に狩りがくいき、火をく時間も惜しいと空腹に任せて獲物に喰らいついたというところだろう。

 黒須も雨の降る山中で飢えた時、火打袋が湿てしまって火がおこせず、捕まえたかえるをそのまま生で喰らったことがある。普段なら触れようとさえ思わないが、あの時の自分にとっては懐石料理ごちそうに等しいに感じたものだ──────などと的外れな親近感を抱きつつ、木陰から出て声を掛けてみることにした。

「もし、そこの者ら。食事中にすまない。少し道を尋ねたいのだが」

「「「「「グギャッ!?」」」」」

 鹿肉に夢中だったのか、男たちは声を掛けられて初めてこちらの存在に気が付いたようだった。驚いたように顔を見合わせ、なにやら随分と戸惑った様子だ。

 …………まずいな。おどかしてしまったか?

 ひゃくしょうにとって〝二本差し〟とは、尊敬の対象であると同時に恐怖の対象でもある。気性の荒い武士がまちなかで人とぶつかり、その場で無礼討ちにしたなどという噂はせいではよく語られている話だ。ゆえに、武家を見慣れていない田舎いなかほど帯刀した相手に対して過剰におびえる者が多く、黒須も何度か眼の前で腰を抜かされた経験がある。実際には、いかに武士身分であろうと余程の事情でもない限り、そのような傍若無人な振る舞いは許されていないのだが。

 どうしたものかと頭を悩ませていると、五人は立ち上がり、駆け足でこちらへ向かってきた。

 その手には武器のつもりか、木製のこんぼうが握られている。

「待たれよ、俺は怪しい者ではない。武者修行の途中でな、薄汚いふうていだがお前たちの食料を奪うつもりはない。ただ道をきたいだけだ」

 怯えられぬよう精一杯穏やかに語り掛けたつもりだったが、ついに連中は棍棒を振り上げ襲い掛かってきた。その動きには連携も何もあったものではなく、こちらに殺到するあまり、互いに体をぶつけ合っているような有様だ。

「グギャッ!!」

 力任せに振り回すだけの棒振りにじゅつりの匂いはじんも感じられず、あしさばきのみでかわし続ける。

 相手方の背格好も相まって、きっとはたから見ればわっぱが侍にじゃれついているように映るだろう。

「よさんか。俺は金目の物など何も持っていないぞ」

 黒須は努めて冷静にたしなめようとするが、攻撃の手は緩まる気配がない。

 こちらの言葉を理解しているのかどうかは分からないが、聞く耳を持っていないのは確かだ。

「やめよと言うに」

「ブギャッ!」

 口で言って分からないのであればと、一番近くにいた者を軽く蹴り倒してみる。

「グギャ!? グギャギャ────ッ!!」

 仲間をやられて逆上したのか、さらに攻撃が激しくなってしまった。

 飢えた狂犬のような眼付きで口角泡を飛ばし、ぎゃあぎゃあと耳障りな気炎を吐いている。

 このままごうぜんと鼻の先であしらうことはぞうもない…………が、ここまで無遠慮に殺意をぶつけられると、さすがに少々腹も立つ。

「貴様ら、いい加減にせよ。この二本差しが見えんのか。俺もそこまで気が長い方ではないのだ。これ以上続けるつもりであれば、斬るぞ」

 低い声を出して脅してみたが、連中の行動に変化は見られない。

 一体何がそんなにうれしいのか、楽しげな奇声を上げながら、何度も何度も棍棒を振るってくる。

 五人がかりで取り囲んでいてかすりもしないのに、の戦力差を理解できないとは…………

 へいほうしゃでもない者を斬るのは気が進まないが、物事には限度というものがある。

 こちらの警告に耳を貸さない以上──────これはもう、致し方あるまい。

 黒須は頭を切り替えると、抜刀と同時に先頭にいた男の首をねた。

 宙へ舞った頭部が地面に落下するよりも速く、返す刀で隣にいた者を斬りにする。

「「「ギャッッ!?」」」

 突然の反撃に腰を抜かしたのか、きょうがくの表情で硬直する残りの三人も、それぞれ一刀のもとに斬り捨てた。

 りした刀を手ぬぐいで念入りにぬぐいつつ、転がった遺体を前に今後のことを考える。

 やむを得なかったとはいえ、五人も斬ってしまった。こういった閉鎖された場所に住む村人は取り分け仲間意識が強く、それでなくとも相手は山の民というよく分からない者たちだ。このまま何事もなく立ち去って、勘違いで周辺の住民に報復でもされてしまうと後味が悪い。斬り殺した当事者である以上、厄介事になるのは眼に見えているが、せめて事情を説明して遺体の場所を伝えてやるくらいの配慮はした方が無難だろう。

 黒須はそう決意すると、腹を裂かれた鹿の死骸に歩み寄る。

 きっと彼らの村にとって、これは久々に得た貴重な食料に違いない。遺体は数が多くて運べないが、村に着いたら人手を借りて迎えにきてやろう。

 いからたすきを取り出し、鹿を背にきつく縛り付けていく。いっそ肩にかついでしまった方が楽なのだが、武士たる者はいついかなる時も刀が抜けるよう、常に両手は空けておかねばならない。

 身体を揺すって鹿がずり落ちないかを確認してから立ち上がると、臓物が抜かれているためか、見た目ほどには重くなかった。この程度なら動くに支障はなさそうだ。

「さてと、村はどっちだ?」

 黒須はとりてじゅつの一環で追跡の手法も身に付けており、実践稽古として山で獣を追った経験も数え切れないほどある。連中は大人数で移動していたため、足跡や散らされた落ち葉など、そこら中に痕跡が残っていた。町中では難しいが、森の中であれば足取りを追うことなど容易たやすい。

 早速不自然に折られた枝を発見し、その方向へと足を向けた。


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