冒険者登録(3)

 モンスターが飛び出してきてもすぐ対応できるように、ケントは剣をさやから抜いて歩き始めた。腕が疲れないか心配だけれど、後衛からすれば頼りになる前衛だ。

「うっし、頑張って依頼を──っ! 〈ウルフ〉だ!!」

 すぐに一匹の〈ウルフ〉が茂みから顔を出し、ケントが声をあげた。私は慌てて〈鉄の鈍器メイス〉をぎゅっと握りしめる。

 ──リアルおおかみ、怖っ!

 〈プルル〉と〈花ウサギ〉がどれほどボーナスステージだったかよくわかる。〈ウルフ〉は私の腰くらいの高さがあり、ぱっと見は大きな犬っぽさがある。けれど口からのぞく牙は鋭く、低い声はかなり威圧的だ。

「……っ!」

 ケントが剣を構えて、ココアがスキルを使うために詠唱を開始する。初心者ながらも、二人は一瞬で戦闘態勢に切り替えてみせた。

『ガウゥゥッ』

「これしきっ!」

 大地を蹴って襲いかかってきた〈ウルフ〉の攻撃を、ケントの剣がはじく。そのすきに、詠唱の終わったココアが杖を振りかざす。

「いくよ! 〈ファイアーボール〉!!」

『ギャウゥンッ!!』

「よっし!」

 ココアの〈ファイアーボール〉は見事に命中し、大ダメージを負わせた。……が、相手はまだ生きていて起き上がろうとしている。ケントが「チッ」と舌打ちしてもう一度剣を構えたけれど、私だって何かしらの役に立ちたい。

 ……ここは行くっきゃない!

「ケント、任せて!」

「はぁ!?」

 私が鈍器を振りかざしながら〈ウルフ〉に向かっていくと、ケントが目を見開いた。私は〈癒し手〉としてパーティに入れてもらったので、殴るなんて予想外だったろう。でも、今は物理攻撃ができるので殴り支援として役に立ちたい。

 〈ウルフ〉に思いっきり鈍器をたたきつけた。

「えいっ!」

『キュウウゥッ』

 私の一撃が決定打になったらしく、〈ウルフ〉は光の粒子になって消えた。その場所には、〈狼の牙〉と〈質の悪い毛皮〉がドロップアイテムとして落ちている。素材として売ることができるけれど、あまり高くはない。

 すると、脳内で《ピロン♪》《ピロン♪》と音が鳴った。

 ──お、レベルが上がった。

 さすが〈ウルフ〉! レベルが一気に2も上がった。これは嬉しい。レベルが上がるとスキルポイントを1ずつ得ることができるので、私のレベルは3でスキルポイントは2だ。

 私はさっそく〈冒険の腕輪〉を使い〈スキル〉項目を開く。すると、私の取得できるスキル一覧が現れた。

 〈癒し手〉が覚えられるのは、〈ヒール〉などの回復系と、〈女神の守護〉などの防御力アップなどの強化系統、〈てっつい〉などの攻撃系統、〈聖属性強化〉などのパッシブ系がある。

 スキルは使用するとマナを消費するのだが、この世界に来てからは数値化されていない。それはHP──体力も同じで、感覚的な部分に頼らなければならない。その点はちょっと不安だけれど、徐々に慣れていくしかないだろう。

「〈ヒール〉と〈身体強化〉をレベル1ずつ取得っと」

 最初のうちはモンスターから食らうダメージもそこまで大きくないので、〈ヒール〉のレベルも1で十分。〈身体強化〉は味方の能力が向上するので、必須スキルだ。

 あとはレベルが上がったら、順次支援スキルを取りつつ〈ヒール〉のレベルを上げていけばいい。その後、二次職の〈ヒーラー〉へ、さらに覚醒職の〈アークビショップ〉に転職する……という流れだ。

 これで久しぶりに支援の腕前を発揮できるといいな。

 私がスキルを取得して満足していると、ぽかんとした顔でケントとココアがこちらを見ていた。

「え、〈癒し手〉じゃなかったのか?」

「〈癒し手〉だけど、レベルが低いから最初は武器を持って殴るのがいいかなって」

「なるほど……?」

 理解不能だという顔をしつつも、ケントがとりあえず頷いた。理屈としてはわかるけれど、そんなことをする〈癒し手〉はいないと言いたいのだろう。

 ……プレイヤーの間では、割と当たり前だったんだけどね。

「まあまあ、レベルが低いうちにしかできない荒業だと思って!」

「……そうだな。さすがに強いモンスターが出てきて殴りに行かれたら俺もフォローできねぇし」

「無謀なことはしないよ、命大事だもん」

「そうしてくれ」

 心臓がいくつあっても足りそうにないとケントが笑う。

 ココアは私を見て、自分の杖を見て、「なるほど殴るんですね……」と何か悟りそうになっている。うん、殴り〈魔法使い〉は楽しいよ! ……装備を揃えるのにすごくお金がかかるけど。

 私たちが話をしていたら、再び〈ウルフ〉が出てきた。

 ──よおし、今回は支援として頑張っちゃうぞ。

「いくよ、〈身体強化〉!」

「は!? え!? うおっ! すごい、体が軽い!! これなら、余裕で勝てそうだ!」

 ケントは大きく大地を蹴って、〈ウルフ〉に向けて剣を振り上げた。しかし相手も馬鹿ではない。大きく飛んでける。が、残念。こちらはさらに一枚上手だ。

「炎よ、我に力を! 〈ファイアーボール〉!」

 タイミングよくココアがスキルを使って、〈ウルフ〉に一撃を入れる。さらにケントが追撃しダメージを与えた。ナイス連携プレイだ。

『ギャウッ』

「──っ!」

 〈ウルフ〉が決死の力を振り絞ってケントの腕に爪を立てたが、深手を与えることはできず光の粒子となって消えた。しかし爪にやられて血が出ている。

「〈ヒール〉!」

 私がすかさず回復魔法を使うと、ケントの傷はあっという間に治った。〈ヒール〉のスキルレベルは1だけれど、この程度の怪我なら十分だ。

 なぜか、ケントが困惑した顔で私を見ている。

「え……シャロンのスキルって……〈身体強化〉じゃないのか? いや、そもそもレベル1だったんじゃないのか……?」

「うん? レベルは〈ウルフ〉を倒したから3に上がって、スキルは〈身体強化〉と〈ヒール〉の二つだよ?」

 それがどうかしたのだろうかと首をかしげると、ケントだけではなくココアも驚いている。二人の視線が痛い。

 ……どういうこと?

 何に驚いているのかまったく見当がつかない。

「いや、だって今レベルが上がってレベル3って言ってただろ?」

「どうして二つもスキルを覚えてるの!?」

 ──はい?

 はてさて……私はどういうことだろうと頭を悩ませる。スキルを複数覚えることは、なんら珍しいことではない。ゲーム時代のNPCだって、複数のスキルを覚えていたからだ。

 よくわかっていなそうな私を見かねたのか、ココアが説明をしてくれた。

「えぇと……最初は、同じスキルのレベルがマックスまで上がっていくんです。そのあと、ほかのスキルを覚える……っていうのが普通で……」

「だいたい、レベル6くらいで初めてスキルを覚えるんだ」

「なるほど……?」

 私は目をつぶって、どういうことなのか頭の中を整理する。

 ココアとケントの話が本当ならば、スキルを自分で選んで覚えられない、ということになる。そんな不便なことがあるだろうか……? でも、そうか……私は〈冒険の腕輪〉を使ってスキルを獲得してたけど、ほかの人はそれがないから自動でスキルを取得しちゃってるんだ!

 おそらくスキルポイントをめておける上限が4で、以降は勝手に割り振られるのだろう。まさか〈冒険の腕輪〉を作らないことにそんなデメリットがあったなんて……!! ちゃんと最初に作っておいてよかった。ほっとして額の汗をぬぐう。

「ま、レベルを上げれば新しいスキルを覚えるから結果はあんまり変わらないんだけどな」

「私も今は〈ファイアーボール〉しか使えないけど、すぐ次の属性スキルを使えるようになってみせるよ!」

 すごいことだと言いつつも、二人はそこまで気にしていないようだ。変に追及されても説明に困ってしまうので、ありがたい。

 ──〈冒険の腕輪〉は、現実になったこの世界ですごく意味のあるものになったみたいだね。

 自分が持っているのはゲーム時代の情報なので、この世界の情報をきちんと集めつつ比べた方がいいかもしれない。


 それから何度か戦うと〈ウルフ〉の討伐が終わったので、私たちは採取依頼に取りかかった。戦闘ではないので、ちょっとした遠足気分だ。

「ココア、シャロン、〈薬草〉があったぞ!」

「本当!? って、ケントこれ……〈毒草〉だよ」

「え!?」

 私たちは採取依頼の〈薬草〉を探している。ケントは〈薬草〉と〈毒草〉の見分けが上手くできないようで、大苦戦中だ。

「これが〈毒草〉? 〈薬草〉じゃないのか?」

「ケントは昔から剣の素振りばっかりで、山菜採りも採取もしなかったんだから……。〈薬草〉は丸みを帯びた葉っぱで、〈毒草〉はギザギザしてて葉の裏がちょっと濃い色なんだよ」

 ココアが「前にも教えたでしょ?」と、お小言を言いながら説明している。

 正直、私もあまり詳しい特徴は知らなかったので助かってしまった。ケントの犠牲は無駄にしないよ……ありがとう、ありがとう……。

「二人は仲がいいね」

 ケントとココアが微笑ほほえましくて、何かめでもあるのだろうかと軽い気持ちで声をかけた。

「私とケントはおさなじみなの」

「え、そうだったんだ」

 話を聞くと、二人は〈牧場の村〉の出身らしい。〈聖都ツィレ〉の三つ下にある村で、私がこの国に来るときも通ってきた。動物がたくさんいるので、また行きたいと思っていた場所だ。

「俺が一五で、ココアが一四。俺が冒険者になるって村を飛び出したらついてきてさ。俺は一人でも全然へっちゃらなのに」

「ちょ、ケントだけだと絶対に無理だと思ったから! 現に今だって、〈薬草〉も採取できなかったじゃない!」

「仲良しだねぇ」

「「よくない!」」

「わあ、息ピッタリ」

 思わず拍手すると、顔を赤くして「「そんなことない!」」とこれまた息ピッタリのお返事をいただいた。

 最初のころより素が出てきたであろう二人に、私は笑う。冒険中の、こういったちょっとしたやりとりも大好きだ。

「あはは」

「うぅ、シャロンってば……あ、〈薬草〉発見!」

「くそ、俺だって──って、〈ウルフ〉だ!」

 〈薬草〉と〈ウルフ〉のダブルだ。けれど、連携にも慣れてきた私たちには〈ウルフ〉はもう敵じゃない。

「よーし、行くよ! 〈身体強化〉!」

「炎よ、我に力を! 〈ファイアーボール〉!」

「俺だって剣の腕を見せてやる!!」

 私たちはワイワイしながら、〈ウルフ〉討伐の依頼と、薬草採取の依頼を無事に達成することができた。初めてのパーティにしては、かなりいいと思う。

 私のレベルは12まで上がった。


    ◇◇◇


 歩いて街まで戻ると、門のところがざわついていた。人が多いのはいつものことだけれど、騒ぎが起きるようなことはそうそうない。

 私たちがなんだろうと顔を見合わせていると、周囲の人たちの話し声が聞こえてきた。

「なんでも、勇者パーティが来てるらしいぞ」

「え、隣国の王子様が来てるって話じゃないのか?」

「どっちの情報が正しいんだ!?」

 ──え。

 隣国の王子様といえば……私に『笑いもしないつまらない女は世界平和でも祈ってろ』と言った奴のことだろうか? せっかく冒険をしていたというのに、楽しい時間に水を差さないでほしい。私の気持ちは一気に急降下した。

 というか、イグナシア殿下にとってここは敵国じゃないの!? という疑問が浮かぶ。だというのに訪問するとは、いったいどういうことなのか。ああ、頭が痛い……。

「シャロン、どうしたの? 大丈夫?」

「疲れたか?」

 私が頭を押さえていたからか、ココアとケントが心配してくれた。優しい。イグナシア殿下もこの半分の半分のさらに半分くらいの優しさは持った方がよかったと思う。

「うぅん、大丈夫だよ。依頼の報告に行かなきゃね」

「うんっ!」

「達成報告をしに行くのは気持ちいいな!」

 元婚約者のことは聞かなかったことにして、心配してくれた二人と一緒に〈冒険者ギルド〉へ向かった。



   ~試し読みはここまでとなります。続きは書籍版でお楽しみください!~

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回復職の悪役令嬢 エピソード1 私だけが転職方法を知っている ぷにちゃん/MFブックス @mfbooks

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