〈冒険の腕輪〉(2)
「冒険者かい?」
「いえ。腕輪を作っていただいてから冒険者登録をしようと思っています」
私の言葉に、ルミナスおばあちゃんは満足そうに大きく
「腕輪があるとできることが増えるから、その方がいいね。腕輪がほしいなら私は駄目とは言わないよ。……ただ、〈冒険の腕輪〉を作るには条件があるのさ」
ルミナスおばあちゃんの言葉と同時に、私の前にクエストウィンドウが現れた。
【冒険の始まり】
非日常の世界へようこそ!
さあ、冒険するための腕輪を手に入れよう。
【必要アイテム】
〈ぷるぷるゼリー〉×5 〈ウサギの花〉×3 〈白花の薬草〉×10
「シャロン、あんたにできるかい?」
かなり大変だよと、ルミナスおばあちゃんがプレッシャーをかけてくる。でもこれはクエスト開始時のお決まりの
心の中でてへぺろと舌を出して、私は鞄からアイテムを取り出して机の上に置いた。〈ぷるぷるゼリー〉五個、〈ウサギの花〉三個、〈白花の薬草〉一〇束だ。
「はい、用意してきました!」
ドヤ顔で告げると、ルミナスおばあちゃんは驚いて目を見開いた。
「な……っ! 私が頼もうと思っていたものが全部あるじゃないか」
「これで作れますか?」
「まったく、とんでもない嬢ちゃんだよ。これだけあれば十分だから、少しお待ちよ」
「ありがとうございます!」
ルミナスおばあちゃんは〈ぷるぷるゼリー〉を手に取ると、「好きなんだよ」と言って食べ始めた。そう、これは材料ではなく腕輪を作るときのおやつなのだ。
それから小一時間ほど。私がルミナスおばあちゃんに借りた本を読んで待っていると、「できた!」という弾む声が聞こえてきた。
「これが〈冒険の腕輪〉だよ」
「わああぁっ、ありがとうございます!」
テーブルの上に置かれた〈冒険の腕輪〉は、細身で、外側に装飾がなされ魔石が二つはめ込まれていた。ゲームとまったく同じそれを見て懐かしくなる。だって、プレイヤー全員がこの腕輪をつけていたのだから。
私がぶかぶかの腕輪を左手にはめると、シュンッと音を立ててピッタリのサイズに調整された。この世界の装備のうち、『リアズ』にあったものはこうしてサイズ調整機能がついているのだ。
なんなく腕輪をつけた私を見て、ルミナスおばあちゃんが「おや」と目を
「お前さん、使い方を知っているのい?」
「はい! ありがとうございます、ルミナスおばあちゃん!」
「そうかい。そんなに喜んでもらえると、作った
私が目をキラキラさせていたからか、ルミナスおばあちゃんが
「それをつけて、冒険者として存分に活躍しておくれ。シャロンの名声が届くのを、楽しみにしているよ」
「はいっ! 突然だったにもかかわらず、ありがとうございました」
「いつでも遊びにおいで」
別れの挨拶をして、私はルミナスおばあちゃんの家をお
私は歩きながら左手に視線を落とす。この〈冒険の腕輪〉は、プレイヤーの超必須アイテムだ。
チュートリアルなんて必要なくても、〈冒険の腕輪〉は絶対に必要なのでこのクエストを受ける、というのはプレイヤーには常識だ。
〈冒険の腕輪〉は──〈システムメニュー〉を使うことができる。
自分の〈ステータス〉〈称号〉〈スキル〉〈鞄〉〈
とりあえずものは試しだと、私は左手を顔の前まで上げて腕輪を使う。まずは詳細ではなく、全体の把握をしたいから──
「えーっと、〈システムメニュー〉!」
腕輪を使うと、ゲームのときと同じように自分の眼前にウィンドウが現れた。そこに書かれているのは私の情報だ。
![](https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/m/mfbooks/20230821/20230821155457.jpg)
……あ、〈ギルド〉〈フレンド〉〈手紙〉〈カメラ〉のメニューは灰色になって使えないようになってる。便利機能だったんだけど、残念だね。
「特に変わった感じはな──って、なんか変な称号がついてるんですけど!?」
私は〈称号〉の欄に目を見開いた。『婚約破棄をされた女』とか、なんて
左手の〈冒険の腕輪〉を誇らしく感じながら、私は次の目的地へ向けて走り出した。
〈冒険の腕輪〉を手に入れた私には、もう一つしておかなければならないことがある。
腕輪が認知されていないので現在は用途が把握されているかわからないけれど……〈冒険の腕輪〉を装備していると、街と街を
ゲートは街だと一番大きな入り口と中心の計二ヶ所にあり、立ち寄った〈旅人の宿〉や小さな村はマップ内のどこか一ヶ所にある。使うためには〈冒険の腕輪〉を装備した状態でゲートに触れて登録しなければならないので少し面倒だけれど、一瞬で街と街を移動できるためとっても便利。ちなみに登録を忘れて次の街へ行くと絶望する。
ツィレで登録するのは、南門と中央広場だ。
まずは近い南門までやって来た。ここは大通りと繋がっていて、まっすぐ進むとクリスタルの大聖堂がある。カメラが使えたらぜひ写真を撮りたかった……!
聖都というだけあって人通りが多い。門は商人の出入りが激しいし、街の外へ行く冒険者も多いようだ。すぐ横には兵の詰め所がある。
「ゲートは……あ、あった!」
門のすぐ近くでゲートを発見した。高さが三メートルほどあり、人が通り抜けられるようになっている。柱の部分にはこの世界を創ったとされている神の彫刻がほどこされ、その手に大きな魔石を持っている。上部にはランプや円環をイメージした装飾がある神秘的な門──それが〈転移ゲート〉だ。
通り抜けるときに行き先を告げるとそこへ転移することができる。たとえば、ほかの街からここに来るときは『〈聖都ツィレ〉の南門』と言えばいい。
「…………ふむぅ」
念のためしばらく観察してみたけれど、やっぱり誰もゲートを使って転移していない。それどころか、ランプ装飾の光があるため街灯だと思われている節がある。
「こんな機能を知らないなんて、みんなめちゃくちゃ損してるね……」
私がそう思ってしまったのも仕方がないだろう。しかし安易に〈冒険の腕輪〉の情報は出せないし、全員がルミナスおばあちゃんのところへ行ったら過労死してしまうんじゃ……とも思う。
……難しいね。
「登録しちゃおうっと」
私はゲート部分の神様の彫刻が手にしている一番大きな魔石に触れる。これで登録ができたので、今後どんどん行ける場所が増えるだろう。
「ブルームでも登録できたらよかったんだけど……。もう行けないのかな……」
いかんせん私は〈ファーブルム王国〉の王太子に国外追放させられたので、のこのこ戻るわけにもいかないのだ。
イグナシア殿下に未練はないけれど、ファーブルムにもすごい景色はあったに違いない。いや、絶対にある。それを見なかったことだけは悔やまれる。
……こっそり行って見られないかな? 行けそうな気がする。
「だけどこの国もまだ見てないたくさんの景色があるから、まずはそれから」
──私はたぶん、故郷というものに執着しない人間だ。
大切にしないわけではない。けれど、不便だと感じたら引っ越せばいいし、先祖代々の土地と言われても、自分を押し殺してまで守る必要があるとは思えない。薄情な人間かもしれないけれど、記憶が
「だからこれからは、自分のために生きていきたい」
この〈転移ゲート〉への登録も、その一歩だ。これからはいろいろな場所へ行ける。レベルが上がれば挑めるフィールドやダンジョンが増え、強いモンスターも倒せるようになる。
……支援になる予定だけど!
そうなると強い仲間が必要になるけど……それは追々、縁に恵まれたらいいなと思う。
今日の予定を終わらせた私は、ぐぐーっと伸びをして宿へ向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます