〈冒険の腕輪〉(1)
ひとまず宿を押さえた私は街の外へ出て、草原に立った。
ここは〈聖都ツィレ〉の南門から出たところの〈聖都入り口〉というフィールドで、初心者でも倒せるモンスターがいる。
「ふううぅ~! いい景色!」
これこれ! 私はこの景色が見たかった。大地の匂いをかいで、
レベルが上がったらいろいろ行ってみたいところがあるので、それもまた楽しみだ。
──さて。
私が今から行うのは、『リアズ』のチュートリアル。正確には、チュートリアルクエストの一つと言えばいいだろうか。そのクエストで手に入れる〈冒険の腕輪〉がほしいのだ。
今はまだクエストを受けていないけれど、クエストに必要なアイテムは知っているので、先に集めてしまおうという魂胆だ。
この草原には、二種類のモンスターがいる。
オレンジ色でスライムのようにぷるぷるしている〈プルル〉と、頭に花が咲いている小さなうさぎの〈花ウサギ〉だ。
それから薬草など採取できる植物類がいくつか生えている。
クエストに必要なのは、この二種類のモンスターがドロップする〈ぷるぷるゼリー〉を五個と、〈ウサギの花〉を三個。それと採取で手に入る〈
広いフィールドを見渡すと、すぐに〈プルル〉と〈花ウサギ〉が目に入った。
「よーし、いきますか!」
まずは〈プルル〉に狙いを定める。というのも、私のレベルが1なので、〈花ウサギ〉より弱い〈プルル〉を先に倒す方がいいのだ。
『ぷっぷる~!?』
私が目の前に立つと、〈プルル〉はびくっと飛び跳ねた。敵とエンカウントしたことを察したのだろう。が、私は『リアズ』最弱のモンスターであろうと容赦はしない。よいしょーっと〈
……ごめんね。
〈プルル〉が消えて残ったものは、ドロップアイテムの〈ぷるぷるゼリー〉だ。球体で、大きさはピンポン玉より少し小さいくらいだろうか。一口ゼリーと同じような容器に入っている。食べると体力を少量回復することができるので、初心者は重宝するドロップなんだけど……。
「この世界だと、庶民のおやつでもあるんだよね」
公爵家のテーブルには並ばないので食べたことはないけれど、使用人の話ではなかなか
──食べちゃう?
見た目も匂いも
ということで、食べることにした。
「いただきます!」
ぱくっ。口に含むと、ぷるんとした触感と冷たさに
「ん~っ、美味しい!」
ほんのりと香る蜜柑の風味で、今までの緊張がほぐれていくような気がする。あっという間に完食してしまった。確かにこれは庶民のおやつとして大人気になるね。
「よし、この調子でどんどん狩っていきますか!」
武器を振り上げ〈プルル〉を一撃で倒し、〈ぷるぷるゼリー〉を拾って
『ぷぷるぅ~』
攻撃を受けた〈プルル〉が光の粒子になって消えると、《ピロン♪》という音が脳内に響いた。突然のことに一瞬びくっとしてしまったけれど、レベルが上がったときの音だ。
「順調、順調!」
今はステータス画面の確認ができないので、チェックなどは後回しだ。
七匹倒したところで必要な〈ぷるぷるゼリー〉が集まったので、次は〈ウサギの花〉集めだ。
『ぴっ!?』
さっそく私の前に〈花ウサギ〉が出てきた。声と仕草が
今までは気にならなかったけれど、小動物を倒すというのはなかなかに忍びない気持ちになる。〈プルル〉もゲームでは可愛いマスコット扱いで、ぬいぐるみなどに商品化もされていた。
可愛いゲームグラフィックは人気だったけれど、現実になると一気に厳しくなるな……と、私はちょっとしり込みする。……とはいえ、可愛いからモンスター倒せません! では
「ごめんね、ウサギちゃん!」
『ぴーっ!?』
この世界のいいところはきっと、モンスターを倒したらドロップアイテムを残して消えてくれるところだと思う。正直、ウサギの死体が残っても私に解体処理能力はないし、持ち帰るだけでも大変だっただろう。
それから数匹の〈花ウサギ〉を倒して、必要な〈ウサギの花〉を集め終わった。そのころには、〈花ウサギ〉を倒すことにもそこそこ慣れてしまった。
最後は〈白花の薬草〉だけれど、これはフィールドのいたるところに生えているので、すぐに採取が完了した。
全部を集めるのに、時間にして一時間程度だっただろうか。思ったより早く終わることができて、私はほっと胸を
あとは街に戻ってクエストを進めるだけだ。私はちょっとだけ浮かれ気分になって、小走りで街へ向かった。
やったやった、クエストの材料が集まった~!
私はルンルン気分で街を歩く。目的地は、門に近い街の端の方にある赤い屋根のこぢんまりした一軒家だ。
今から私が受けるチュートリアルクエストは【冒険の始まり】というクエストなのだけれど、二キャラ目以降を作る人でも、このクエストだけは必ず受ける。その理由は、報酬として〈冒険の腕輪〉をもらえるからだ。ここだけではなく、各国の首都で受けることができる。
私がさっそくドアをノックすると、すぐにドアが開いてこの家の住人が顔を出した。ちょっと目つきが悪いけれど、ゲームでは初心者に優しいチュートリアルクエストのキャラクターで、茶色の髪を後ろでお団子にしている六〇歳くらいのおばあちゃんだ。
「おや、私に用事かい? 珍しいこともあったもんだ」
「こんにちは。〈冒険の腕輪〉がほしいのですが、作ってもらえますか?」
「へぇ……よく知っているね、〈冒険の腕輪〉なんて。今じゃもう誰も知らないと思っていたよ」
突然訪問した私に険しい視線を向けるも、理由を話すとおばあちゃんは「どうぞ」と私を招き入れてくれ、お茶を出してくれた。
「お邪魔します」
家の中は落ち着いた雰囲気だった。窓には白いレースと深緑のカーテンがかけられ、足元のカーペットは暖色系でまとめられている。椅子が四脚のテーブルと、壁際には本棚、奥にはキッチンや寝室などがあるようだ。
ゲームでは勝手に部屋の中を歩くプレイヤーもいたけれど、今そんなことをしたら兵に突き出されるだろうな……なんてことを考えてしまう。ただ、『リアズ』のNPCは高性能AIだったので、本当に人と話していると思ってしまうこともしばしばあった。
──ちょっと懐かしいな。
紅茶を一口飲んで落ち着くと、紫色の瞳が興味深そうに私を見ていた。
「私はルミナス。あんた、名前は?」
「シャロンです」
「いい名前だね」
「ありがとうございます」
シャロンは、私が考えておいた偽名だ。
道中、私はシャーロットと名乗ろうとしてハッとした。つい先日の婚約破棄騒動を起こした公爵令嬢の名前は、もしかしたら知っている人がいるかもしれないし、のちのち厄介ごとに巻き込まれたり、変に追っ手が来てしまう恐れがある。なので、本名のシャーロットではなくちょっと似た響きでシャロンと名乗ることにした。
──まあ、本当に追っ手が来たら……そこらへんは実家がなんとかしてくれそうだとは思うけど、自分でできる対策は取っておきたい。
実家には落ち着いたらちゃんと連絡を取る予定だ。両親も事情は知っているので、そこまで心配はしていないだろう。むしろ、両親が国に何かしないかどうかの方が心配だ。
……大丈夫だよね? お父様、ちょっと脳筋なところがあるから──げふんげふん。
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