国外追放準備(3)


    ◇◇◇


 早起きした私は朝食をとって、武器屋に寄って安い〈鉄の鈍器メイス〉を購入した。道中は安全だと思うけれど念のための準備と、のちのちのレベル上げで必要だからだ。

 合言葉は、支援職だってたまにはモンスターを殴りたい! だ。


 そして辻馬車に飛び乗った私は、壮大な景色に圧倒されていた。

 若草と花が敷き詰められた草原を見てすぐ、寝転びたい! という衝動に駆られてしまった。だって、こんなにも若葉のいい匂いをかいだのは初めてで、さらに地平線まで見える。私の胸は、感動でいっぱいだ。今までは写真集などで世界の景色を見ていただけだけれど、それを自分の目で見られる。これほどうれしいことはない。

 ──ああ、婚約破棄してくれてありがとうイグナシア殿下!

 辻馬車は大きな一頭の馬が引いていて、私のほかには数人のお客さんが乗っている。客車スペースは硬い木の椅子で横並びに三人座れ、三列という規模だ。あまり大きくはないが、長距離の移動ということもあり、街中の辻馬車よりは利用者が少ない。天井のほろがドーム状になっているので、小雨程度であれば問題ないだろう。

 街道は草原の中に道が作られていて、ときおり小さなモンスターが顔をのぞかせこちらを見るけれど、弱いため襲ってくることはない。

 今から向かう〈エレンツィ神聖国〉へは、私がいた〈ファーブルム王国〉の〈王都ブルーム〉から街道を進めば着くことができる。ゲームのフィールドマップでいうと、四つ隣だ。その後、さらに五つフィールドを移動すると〈聖都ツィレ〉に到着する。

 ゲームではそんなに時間はかからなかったし、何より転移ゲートが使えたので一瞬で移動することができた。けれど今はまだ使えないため、途中の旅宿と村で二泊する予定だ。

 ちなみにフィールドはあると便利なので地図上で区切られていたが、実際はシームレスなのでゲームで感じることはなかった。


 〈エレンツィ神聖国〉は支援職に手厚い国である。

 というのも、首都にあたる〈聖都ツィレ〉で、基本職業ジョブである〈癒し手〉への転職や、二次職の〈ヒーラー〉、覚醒職の〈アークビショップ〉へ転職することができるからだ。

 支援職に必要な装備やアイテム類も豊富で、村も合わせた五つの街のどこでも手に入る。そのため自然と支援職はこの国を拠点に動いている人が多い。かくいう私も拠点としてよく使っていた。

 そしてゲーム時代はあまり気にしていなかったけれど、実は〈ファーブルム王国〉は〈エレンツィ神聖国〉を敵視している。

 敵対理由は、ゲームにシナリオがあったはずだけれど……そこまで詳細に覚えてはいない。この世界で生まれ育ったシャーロットの学んだ記憶には、〈エレンツィ神聖国〉が支援職を独占しているので、その解放──とあった。

 おそらく自国より領土の狭い〈エレンツィ神聖国〉が支援職を囲い込んでいるのが面白くないのだろうが、別に囲い込んでいるわけではない。理由は支援職に便利だから、それだけだ。

 逆を言えば、〈ファーブルム王国〉は支援職にまったく優しくない国だということがわかる。

 ではどの職に優しいのかといえば、剣士系だ。HPの回復アイテムや重鎧メイルなどはしなぞろえがよく、お世話になっているプレイヤーも多かっただろう。


「でも、今はゲームではなくリアル。システムの縛りもないのだから、国の努力でそれらは変えられるはずなのに」

 現に、道中でちょっと聞き込みをしたところ……ゲーム時代とは違うことをしている国もあった。その国は様々な職業ジョブの人が出入りをし、にぎわっているのだという。貿易も一つの手だろう。

「……一緒に気づいて、ファーブルム王国をいい方に変えられたらよかったのに」

 けれどそれはもう、無理だった。

 私は気分を変えるように、大きく空気を吸い込む。そして幌屋根のすきから見える空の青に、うっとり目を細める。現実となったこの世界は圧巻だ。

 ゲームでは実時間の一時間がゲーム内の一日だったため、今は時間の移り変わりがとてもゆっくり感じられる。私はもう一度空気を吸い込んだ。

 ──気持ちいい。



 〈ファーブルム王国〉と〈エレンツィ神聖国〉の境にある〈旅人の宿〉へと到着した。次のフィールドから〈エレンツィ神聖国〉になるが、今日はここで一泊していく。

 ここはぱっと見フィールドのような作りだが、街や村と同じくくりになっていて、モンスターが出ない安全地帯だ。地面は草花のおかげで景色としては華やか。大きな宿と小さめの家が一軒といくつかの屋台がある。その周囲では野宿する冒険者たちがテントを張っている。お金があれば宿、節約したければテントだ。ちなみにテントは借りることができる。

 ……どっちにしようかな?

 疲れを取るなら、お金もあるので宿一択。しかし冒険に出たのだし、せっかくならば野宿をしてみたいという気持ちもある。

「せっかくだし、テントを借りてみようかな?」

 何かをしてみたいと思ったらとりあえずやってみようの精神で、私はテントで一夜を明かすことに決めた。


 いくつもテントが張られているなか、宿とは別に木造の一軒家があった。家といっても簡素な造りで、テント貸し出しの受付兼倉庫として使っているのだろう。数人の冒険者がいて、貸し出しの手続きをしている。私も順番待ちだ。

 受付はお店も一緒にやっているようで、室内にはいろいろな道具が並んでいる。主に野宿で使えるものが多く、鍋や食器類に鞄をはじめ火をおこせる〈火種〉や入れた水をれいにする〈精霊のみずがめ〉、保存食の干し肉などなど。

「え、普通にほしい」

 ただ、手軽に購入するわけにもいかない。金銭的なこともそうだけれど、持ち歩かなければいけないという大問題があるのだ。

 ……ゲームで使ってたインベントリがあれば手軽に持ち運べるのに。今すぐ手に入れるのは無理なので、〈聖都ツィレ〉までお預けだ。お買い物は、その後にたくさんしよう。

 店内のアイテムを眺めていたら、私の順番が来た。

「一人用のテントをお願いします」

「はい。貸し出しは水や簡易食料などをお付けして一〇〇〇リズ。テントのみは五〇〇リズです」

「水と食料もお願いします」

 お金を払い、私はテントなどを受け取った。


 借りたテントを抱えて、今日の野宿場所を探す。治安の面を考えると、お店の近くやほかの冒険者の多い場所がいいだろう。

「あ、あそこがいいかも」

 宿から一〇〇メートル弱ほど離れたところ、木の近くのスペースがちょうど空いていた。どうやら二人以上の大きなテントだと木が邪魔で張れないため、誰も使っていないみたいだ。

 私は荷物を置いて、さっそくテントを組み立て始める。丈夫な布を敷いて、中心に木製の棒を立てて屋根を張るタイプのものだった。ちょっと大変だったけれど、周囲にも組み立てている人がいたので見様見真似で組み立てたらくいった。もともと簡易な作りのようだ。

 テントはクリーム色で、裾の部分に赤色の模様が入っている。私の身長より少し高いくらいなので、高さは一七〇センチメートル弱くらいだろうか。

「さっそくテントの中に……っと。わあ、なんか冒険って感じだ!」

 勢いよく寝転んだら、地面の硬さに思わず「おっふ」と変な声がもれた。加工はしてあるけれどただの丈夫な布だということを忘れていた。落ち着いたら、野宿用のクッションも買った方がよさそうだ。ゲーム時代は何も思わなかったけれど、現実になると必要なものがたくさんある。

「っと、ご飯ご飯~」

 このまま寝転んでいたら寝てしまいそうだ。私はテントの外に出て、近くに落ちている手ごろな石をかまどの形に積んでいく。できあがったらその中に食料セットについていたまきをくべて〈火種〉で火をつける。積んだ石の上に具材の入った鍋を置いて、煮えたら料理の完成だ。

 ……お手軽!

「こんな野宿ならいつでも大歓迎だね」

 温めるだけで完成したスープは数種類の野菜とソーセージが入っていてしかったが、一緒についてきたパンは硬かったのでスープに浸して食べた。

 これで朝起きたら、私は無事に〈ファーブルム王国〉から追放される。──ということになる。セルフ追放だけれども。


    ◇◇◇


 そして馬車は進み、私はついに目的地へ到着した。

「わああぁっ」

 支援職の国、〈エレンツィ神聖国〉を見た私は恥ずかしげもなく感嘆の声をあげてしまった。しかし仕方がない。ゲーム時代に私が拠点として使っていた街で、とても懐かしさを感じるし……何より美しかった。

 ここ、〈聖都ツィレ〉は北側にクリスタルで造られた大聖堂が、中央には誰でも入れる大聖堂がある大きな街だ。大聖堂が二つあるので、街自体にどこか神聖さを感じる。

 街は全体的に淡い水色の色調が多く使われていて、落ち着く雰囲気になっている。聖なる都と呼ばれているが、一部では水の国と呼ぶ人もいるほどだ。

 太陽の光が、大聖堂の目の前にある聖樹の根元から湧いた泉の水に反射し、キラキラと何色にも輝いて見える。聖樹の湧き水は枯れることはなく水路を使い街全体に流れていく。

 とても澄んだ水はスキルを使うと〈聖水〉になるので、聖樹の湧き水をプレイヤーがむ光景が日常茶飯事だった。

 私は街の景色を堪能すると、むふーと息をつく。本当ならばもう少し観光をしたいところだけれど、しなければならないことがたくさんある。

「まずは拠点にする宿をとらないと」

 家から持ってきたお金に加え、道中で立ち寄った村で宝石を換金したので、しばらく過ごすくらいの金銭はある。ふところは温かい。

 けれど、今後は入り用なものが増えるのですぐにでも仕事──冒険者登録をしなければならない。

「やることがいっぱいあるから、忙しくなるわね」

 大変だろうということは理解しているけれど、私はその何倍もワクワクしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る