国外追放準備(2)

 困ったな~と思いながら歩いていたら、一軒の防具屋が冒険者を見送っているところが目に入った。すぐ店の前の立て看板に手をかけたので、もう閉店なのだろう。

「おじさん、ちょっと待って!」

 私は防具屋まで走って、「買い物がしたいの!」と頼み込む。ここを逃したら、きっと明日になるまで買い物はできない。

 普通の洋裁店ではなく防具屋なのは、私が冒険者になるつもりだからだ。世界を巡って、私はいろいろな景色を見て、空気を肌で感じて、冒険をするのだ。

 ──考えただけで、ワクワクが止まらない。

「お嬢さんのような人が買い物かい? もうとっくに店じまいの時間を過ぎているんだが……まあ、少しならいいだろう」

「ありがとうございます!」

 どうやら先ほど出ていった冒険者はよほどのお得意様だったようだ。ほっと胸をでおろして、私は防具屋に入った。


 防具屋は冒険者の装備を扱う店で、前衛職の革よろいや鉄鎧、後衛職のローブなどが多く並んでいる。カウンターの近くには、ブローチ、指輪といったアクセサリーもあるようだ。

 私はウキウキした足取りで店内を見ていく。本当なら隅から隅まで見たいところだけれど、店じまいするところだったので長居をすることはできない。私は急いで目的の装備──ローブのコーナーにやって来た。


 ──ゲームと同じ装備は置いてあるのかな?

 気になるのは、今の現実世界と、ゲーム世界の違いだ。

 先ほどの夜会のあれやこれやは、間違いなく乙女ゲーム『リアズラブ』のものだった。

 乙女ゲーム『リアズラブ』は、世界で一番人気のVRオープンワールドMMO『リアズライフオンライン』──通称『リアズ』のスピンオフ乙女ゲームだ。

 このゲームの注目ポイントは、システムこそ多少の違いはあれど、世界観などはすべて同じということ。『リアズラブ』ではゲームシステムの問題でできなかったことも、現実世界となった『リアズ』の世界ではなんでもできるのではないか? ということだ。

 たとえばそう──転職システムもそのうちの一つ。

 『リアズラブ』では職業ジョブが固定だけれど、『リアズ』では転職ができる。もちろん職業ジョブによって転職条件は異なるが、それほど難しいことではない。

 私の脳裏に、イグナシア殿下の言葉がよみがえる。

「〈闇の魔法師ダークメイジ〉ならせめて世界平和を祈ってろ? それなら私は、〈いやし手〉のさらに先の先──覚醒職の〈アークビショップ〉になってやるわよ」

 イグナシア殿下への当てつけのようではあるけれど、もともと『リアズ』では支援職をしていた。なので別に当てつけでもなんでもなく、単に支援が好きなだけだ。

 しかし正直に言えば支援職になってドヤァとしたい気持ちも大いにある。いや、いつの日か「イグナシア殿下の婚約者の職業ジョブいまだに〈癒し手〉でしたっけ……?」と笑顔で言ってやろう。

 転職するには隣国に行かなければいけないのだが、そこは〈ファーブルム王国〉と敵対している〈エレンツィ神聖国〉なので、きっと悔しがってくれるはずだ。


「……っと、ローブを選ぶんだった」

 私は思考を中断して、近くのローブを手に取る。

 ゲームで見たことのある〈革のローブ〉に〈ウサギ花のポンチョ〉などの装備品と、覚えのない装備品の二種類がある。おそらくこの世界の職人が作ったのだろう。申し訳ないけれど、性能を比べるとゲームにもともとあった装備には劣っている。

「初心者御用達のあのローブもあるといいんだけど、あるかな──あった!」

 目当てのローブを見つけて、私は目を輝かせる。

 黒を基調としたポンチョタイプで、装飾として鈴が二つ。胸元には肉球がデザインされていて、フード部分には猫の目のデザインが入っている。ピンと立った猫耳が特徴の〈猫のローブ〉だ。素早さが3%アップするので弱いモンスターの攻撃をけたり、物理攻撃の速度が上がる優れもの。

 ……ただ、現実世界で着るのは少し恥ずかしいね。

「決まったのかい?」

 私が〈猫のローブ〉を手にしていると、店主のおじさんがやって来た。そして不思議そうに私を見る。

「そのローブを選んだのはお嬢ちゃんが初めてだ。いったいなんの職業ジョブなんだ?」

「私の職業ジョブは──〈癒し手〉です!」

 予定だけれど。

 近々本当に転職するのだからいいだろうとそう告げると、おじさんは目を大きく開いて驚いた。

「〈癒し手〉が装備するローブじゃないぞ?」

 ローブの中には、回復スキルに補正効果がつくものなどもある。そのため、おじさんはそちらの方がいいと判断して気にかけてくれたようだ。

 おじさんがほかのローブを選ぼうとしてくれたけれど、私はそれを丁寧に断って「これがいいんです」と微笑ほほえむ。

「レベルが低いので、回復スキルの補正効果より素早さを優先したいんです。〈癒し手〉としての装備は、レベルが上がったら買います」

「なるほど……確かに〈猫のローブ〉なら素早さに加えてジャンプ力も上がるし、モンスターの攻撃を避けるならありかもしれないな」

 おじさんは、装備にそういう選び方もあったのか……と、感心しているようだ。

 実はこのローブ、最初は可愛かわいいだけの外見装備という扱いだった。しかし誰かが低レベルキャラの育成に〈猫のローブ〉を使い始めたらその有用性が一気に広がったのだ。

 ……いかつい男キャラが装備するには、ちょっと外見が可愛すぎてしまうけれど。

「このまま着ていってもいいですか? あと、インナー類もあれば一緒にお願いしたいです。明日すぐ街をたなきゃいけなくて……」

「数は多くないが、少しならある」

 おじさんが奥の棚を指さして、「あそこだ」と教えてくれた。

 棚の中には落ち着いた色合いのインナーやワンピースが並んでいる。薄手のインナーと、〈猫のローブ〉の下に着るのにちょうどいい厚手のオフホワイトのワンピースがあったので、それを選ぶ。


 更衣室で着替えると、清楚な容姿も相まってとても可愛らしい仕上がりになった。猫耳は街中を歩くのがちょっと恥ずかしいけれど……性能がいいので、これから冒険者としてやっていくには我慢するしかない。うおおお、照れる。

 ……猫耳フードはさすがにあれだから、普段はかぶらないようにしておこっと。

「おお、似合ってるな」

 おじさんは笑顔でうなずき、「お嬢ちゃんに着てもらえてよかった」と言ってくれた。お店だから当然ではあるのだけれど、ローブもいい状態で保管してあったので私もとっても満足だ。

「ありがとうございます。お会計をお願いします」

「全部で三万七〇〇〇リズだ」

「はい」

 内訳は、〈猫のローブ〉が三万リズで、インナーとワンピースが合わせて七〇〇〇リズ。

 ──値段設定はゲームと同じままなんだ。

 ゲーム時代、〈猫のローブ〉はNPCから買うことができた。性能がすごくいいわけではないけれどお手頃価格なので、最初のころは重宝した。逆に強い装備はモンスターからのドロップや製作装備になるため、こういったお店ではなく手に入れたプレイヤーから購入することになるし、値段も桁違いにお高いのだ。

「まいど」

 私は支払いを終えると、防具屋を後にした。

 あとは宿を探して一泊し、明日の朝一番の辻馬車でこの街を出る。そして目指すは、支援職の拠点とも呼ばれる〈エレンツィ神聖国〉だ。

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