国外追放準備(1)

 私の家は、王城からほど近いところにある。馬車に乗ったら一〇分もしないうちに屋敷へ着き、門をくぐれば数分で玄関ホールへ行くことができる距離だ。

 落ち着いた赤茶色の屋根の屋敷と、眼前に広がる手入れが行き届いた美しい庭園。まるでお城のような豪華さで、地面に設置されたガーデンライトが全体を照らしている。

 馬車が玄関前に到着すると、使用人が扉を開けた。


 ──ここからは時間勝負!

 驚く使用人に「ごめんなさい、急いでるの!」と告げながら自室へ駆け込んで、お金や売れそうな宝石類をかばんに詰めていく。

 そして一人で着替えるにはちょっと大変なドレスを脱ぎ捨てて、一番地味なワンピースに袖を通す。私の持つ服の中で一番地味なだけで、十分豪華だけれど……。

「服は後でどうにかするとして、あと必要なものは……」

 そうつぶやきながら、私はパールホワイトを基調とし、セピア、オールドローズの色味で整えられた部屋を見る。落ち着いた色合いの室内は、豪華なてんがい付きのベッドや中世ヨーロッパ風味のテーブルにソファなどがあり、見ているだけでちょっと楽しい。ただ、このゲームの設定はファンタジーなので、現実にあるものとまったく同じものではない。

「っとと、時間がないんだった!」

 あとは回復薬がいくつかあると安心かもしれない、そう思っていたら部屋の扉が慌ただしく開いて両親が入ってきた。

「シャル、何かあったのか?」

「今日はイグナシア殿下と一緒ではないの?」

 シャルとは私、シャーロットの愛称だ。今のところそう呼んでいるのは、家族や近しい親戚だけだろうか。

 慌ただしく荷物をまとめているワンピース姿の娘を見て、二人は目をしばたたかせた。私がイグナシア殿下と夜会にいると思っていたのに早い時間に帰ってきたし、いつもは家まで送ってもらっていたのに今日はそれがない。驚くのも当然だ。

 ……公爵家の娘で、さらに自分の婚約者をないがしろにしてしまった王太子は──きっと今頃エミリアとよろしくしているのだろう。


 父親のテオドール・ココリアラと、母親のアンジェラ・ココリアラ。

 二人ともこの国のために尽くしている立役者で、私が尊敬する人物でもある。そのため、私とイグナシア殿下の婚約も国のために……と決めてきたのだろう。

 父は私と同じミルクティーに似たホワイトブロンドの髪なのだが、騎士団長をしているためマッチョ──いえ、たくましい体格をしている。身長も一八〇センチメートルあるので、とても大きい。

 母は今でこそ夜会などはあまり参加しないけれど、社交界の華と呼ばれていた美女だ。深いローズレッドの髪はまるで宝石のようだし、プロポーションも抜群で、男だけではなく女でもとりこになってしまうだろう。

 二人とも落ち着いたデザインではあるがそろいの部屋着のため、夫婦仲が良好ということもすぐにわかる。


 私はどうしたものかと一瞬思案したけれど、どうせすぐに夜会のことは二人の耳に入る。

「イグナシア殿下に婚約破棄と国外追放を言い渡されたので、家族と離れるのは心苦しいですが、家に迷惑がかかる前に出ていきます」

 ──と、正直に告げた。

 これ以上の事実はないし、私はヒロインのエミリアをいじめていない。それから、変にほかのことを話して事情を聞かれて時間がかかってしまうのを避けた方がいいと思ったからだ。

 私の話を聞き、すぐ反応したのはお父様だ。

「ほう……? 私の可愛かわいいシャルに、そんなことを言ったのか? あの王子は?」

 はっきり怒りをあらわにしたお父様は、手を組んで指をボキボキ鳴らしている。はたから見たら、かなり怖いおっちゃんだ。

「まあ、しつけのなっていないお子様だこと」

 お母様は小さくため息をついて、肩をすくめた。

 見る感じ、お父様より驚いていないので、ある程度はこうなることを予測していたのかもしれない。お母様は、いつの間にかいろいろな情報を持っているから……。

「こうしてはおられん! マシュー、すぐに馬を用意しろ! 今すぐにだ!!」

「あ、お父様……っ!」

 私が呼ぶ声も聞かずに、お父様は大声で執事を呼び、ものすごい勢いで部屋を出ていってしまった。まるで熊の突進のようで、止めることは無理だった。

 その後を、「仕方のない人ね」と言ってお母様が追いかけていく。きっと王城にいる国王陛下の元へ行ったのだろう。

「…………」

 考えてみた結果、私にできることはない。

 お父様が馬で駆けたら、とてもではないが追いつけない。というか、騎士団長が本気を出して馬に乗ったら、いったい何人の騎士がついていけるのだろうか。……たぶん、そんな騎士は両の手の指ほどもいない気がする。でも、お母様も一緒だから馬車かもしれない。

「私も家を出ますか」

 なんといっても、国外追放されてしまいましたから。

 ──とはいえ。国外追放を言い渡されたからといって、私が本当に出ていく必要はないだろう。両親が王城に乗り込んでいってしまったし、どう考えても悪いのはイグナシア殿下だ。ゲームのシナリオうんぬんは置いておくとしても、和解することはできると思う。というより、私が殿下の親だったら土下座の勢いで謝るけれど……さすがに陛下に謝罪させるのもね。

 それに、私は仲直りを望まない。

 この王子にはついていけないと思ってしまったから。だから私は、シナリオ通りにこの国を出ることにしたのだ。

 乙女ゲームであれば、もうハッピーエンドのエンドロールが流れていることだろう。

「だけど……エンディング後には、シナリオなんて存在しない」

 つまり私は、好きなことができるのだ。

 今、私がしたいことは──冒険!

 それから、この世界中の景色を見て、堪能すること。VRだけでは再現しきれていなかった大好きなこの世界を隅々まで肌で感じたいのだ。


    ◇◇◇


 国外追放を言い渡された私は、晴れやかな気持ちで家を後にした。

 空の赤い月と星はなんだか花束に見えて、ゲームシナリオからの解放を祝福してくれているかのようだ。街の景色を実際に感じられるのはとてもうれしいし、しばらく眺めていたい。

 街の道は褐色の温かみあるレンガで舗装されており、多くの花が植えられている。観光客も多く、土産物屋はプリザーブドフラワーなど花を使った品が有名で、ショーウィンドウにいろいろな種類のものが飾られている。

「すぐ街を出たいけど、こんな時間じゃ馬車もないか」

 つじしゃを使って国を出ようと思っているが、さすがに明日にならなければ無理だ。多少のお金は持ってきたので宿に泊まることはできるけれど、この服装のままではちょっと目立つし、もしイグナシア殿下が私を捜していたら見つかってしまうかもしれない。

 ──さて、どうしようか。

 街の通りは酒を飲んだ酔っ払いがふらふら歩いていて、そろそろ女一人で歩くのはちょっと微妙な時間だ。一応ゲームスキルは使えるけれど、レベルが低くて装備もない私ではゴロツキにも勝てないだろう。


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